束の間の平和を謳歌する

「お、今日は兄ちゃん一人かい?」

「……どうもですモンさん」


 今日も今日とて、少し遅くなったがアバランテに売り出しに来ていた。

 モンさんが言ったように、最近では目に見える形でニアたちが傍に居たためこのように言われたのだろう。目と鼻の先には帝国が行軍しているようなものだし、危険も少しは差し迫っていると言っても良い。


「ここがアバランテか。中々雰囲気の良い街だね」

「うん? 誰だ……?」

「……………」


 俺のすぐ傍から聞こえた女性の声にモンさんが辺りを見回す。だが当然人影はないので気のせいかと首を傾げるだけだ。俺は小声で自身の服に向かって話しかけた。


「だから不意に声を出すなって。……俺までビックリするだろうが」

「まあ良いじゃないか。それもスリルの一つだよ……それに分かってるの? 私の気分一つで君は街中で素っ裸になるんだよ?」

「……悪魔」

「誉め言葉だね♪」


 この会話の内容から分かったと思うが、アルミナが俺の服に擬態しているのだ。これは俺が頼んだのではなく、ほぼアルミナの嫌がらせというか……最近楽しいことがなかったからといってこんな罰ゲームみたいなことをさせられる羽目になった。


『お、おい……何やってるんだ?』

『今日は魔王様たちが戻ってくるまでノアの服になってあげるよ。着替えたりする必要ないし、トイレだってそのまま出来るし便利だよ?』


 全身を包まれたマッサージの後にこれだった。

 俺の服に擬態したアルミナが全身を包んでいるようなものなので、その上からでは到底元の服を着ることは出来ない。だから仕方なくこうなったというわけだ。というかこれなら家から出ない方が良かったのに、当然俺の体に引っ付いているということはアルミナの力加減で動かされるということで……はぁ。


「まあまあ、ノアを困らせることはしないから大丈夫だよ。魔王様たちに怒られるのも嫌だからね」

「……ならそもそもこんなことするなよな」


 まあ、取り合えず気にしないでおこう。

 それから俺はモンさんを始め、いつも御贔屓にしてくれる冒険者の人たちにおにぎりと菓子を配った。


「今日はニアさんとリリスさん居ないのか……」

「サンちゃんもフィアさんも居ないのか……」

「俺たちのアイドルが……」


 俺に付いてくる彼女たちは最近アバランテのアイドルみたいな感じになっている。まあ現実世界に居たら間違いなくアイドルとかのスカウトが来てもおかしくない以上の美貌の持ち主だからな。とはいえ、こんなことを言っていても下心などは一切ないらしくニアたちも機嫌はいつも良さそうだ。そう言う部分がこの街を守ることに繋がっているのかもな。


「ほう、まさか魔王様たちがこんなにも受け入れられてるなんてね」

「魔族ってのは知らないからな」

「なるほどね。本当に良い街じゃないか」

「だろう?」


 俺も数カ月前からお世話になっている身だが、この街は本当に良い場所だ。だからこそこの街に災厄が降りかかってほしくなかった。その代償を支払うのが王都ということであり、当然罪のない人たちも危険に晒されている。……まあ、全てを救うなんて傲慢なことは言えない。そこだけは自分が薄情なのかなとも思うよ。


「……うん? これは」

「どうしたんだ……ってゾナさんか」


 ベンチで休んでいた俺の元に歩いてきたのはゾナさんだ。


「こんにちはノアさん、お菓子をもらえますか?」

「あ、どうぞ」


 銀貨を受け取り、俺はゾナさんにお菓子を差し出した。

 俺の隣に座った彼女はパクっと一口食べ、頬に手を当てて嬉しそうな声を出した。


「う~ん♪ やっぱりこれは美味しいですね。この甘さが絶妙です……ところで」


 そんな風にお菓子について語ってくれたゾナさんだが、チラッと俺を見てこう言葉を続けた。


「懐かしい気配がすると思えばアルミナさんですか。それは何かのプレイですか?」


 全俺が泣いた。


 しくしくと下を向く俺の様子から、おそらくゾナさんもある程度理由を察したのだろう。ごめんなさいと謝られたところでアルミナがヌルッと俺の肩から顔を出した。


「ま、私が悪い部分はあるんだけどね。ほら、可愛い子はイジメたいってやつ」

「……それ、嫌われるから普通にやめた方が良いと思うのですが」


 おかしいな、ゾナさんがそれを一番言っちゃダメだと思うんだが。


「肩からヌルッと出てきてるのに重さとかないんだな」

「それくらいの調整は出来るよ。なんならこんなことも出来るね」


 アルミナがそう言うと、俺の膝の部分からアルミナの手が生えた。腕の位置からは足が生えて何とも言えない気持ち悪い光景が完成した。


「気持ち悪いですね」

「……アルミナ」

「分かったよ」


 流石スライム娘、変幻自在のパフォーマンスと見せてくれるな……被害者側からすればたまったものじゃないけど。


「それではノアさん、アルミナさんもこれで失礼します」

「あぁ。また」

「またね~」


 頭を下げてゾナさんは仕事に戻った。

 ゾナさんがあんな風に普通にしているのを見ると安心出来る。街を守るために鬼気迫る顔をしていた時もあったし、やっぱりニアの力はかなり大きいみたいだ。


「……ふわぁ」

「眠たいかい?」

「そうだね……少し眠いかな」

「それじゃあ寝ると良いよ。私が見守っていてあげるから」


 それならお言葉に甘えることにしよう。

 陽光がとても温かく、こんな日は昼寝をするに限る。アルミナが文字通り俺を全身全霊で守ってくれているようなものなので、俺は安心して眠りに就くのだった。


 ただ……目覚めは何とも言えないゾクゾクした感覚だった。

 その原因は当然アルミナで、彼女は俺のズボンの位置に顔を出現させたのだ。


「……何してるの?」

「ふふ、良い目覚めでしょう?」


 ……凄いよなこれ。

 ズボンの内側に顔があるから外からは一切見えない……つまり、どんなことをアルミナにされても外には漏れないわけだ。なるほど、これがサンの言っていたエッチな悪戯ってやつみたいだ。


「サンが困ってたぞ?」

「あぁ聞いたんだ。本当にあの子とも仲良くなったね」

「まあ、恋人の一人だしな」

「……本当に良いことだよ。彼女たちのこと、大切にしてね」

「当然だ」


 言われなくてもそのつもりだ。

 さて、取り合えずこの悪戯をやめさせることにしよう。それから俺は自分の服と格闘することになるのだが、きっと俺を少しでも見た人は変な目で見ていたに違いない。

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最強の欠陥回復スキルを持って異世界転生~死にかけの魔王を助けて惚れられました~ みょん @tsukasa1992

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