後編

 坂上美咲さかがみみさきは家から離れた駐車場に着くとすぐに気配を察知した。背後の電柱の陰、そこにいる。

「いるのは分かってるのよ。出てきたらどうです?」

「気付いていたのか?」

 男はのそりと、姿を現す。

「ずっと我が家を監視していますね。隠れてないでいい加減あいさつぐらいさせてくださいよ」

 美咲は男の方を向いた。

「初めましてお義父とうさん。それとも『青ゲット』と呼んだ方がいいですか?」

「……俺を捕まえるのか? 元刑事さん」

 それもいいですね、と美咲は言う。

「でもそれは真実の確認をしてからですね」

 男は無言で頷いた。

青木達也あおきたつやさん。あなたは私の夫、坂上雄也さかがみゆうやの実の父親なんですね」

「その通りだ」

「どうして坂上夫妻の殺害を?」

 青木は拳を握りしめる。

「息子を取り返したかったんだ」

「売り渡したのではないのですね?」

「違う!」

 青木はやや声を荒げる。

「違う。俺たちは貧乏だった。せめて雄也だけでも食わせてやりたかった。だから子供に恵まれない夫婦の下へ預けていたんだ。坂上夫婦はあの子を可愛がり多少の贅沢をさせてくれたようだった。毎週末の預け先のようなものだったんだ。だがある日、あいつらはあの子を連れてどこかへ消えた」

「あなたは探した。そして見つけたんですね」

「ああそうだ。妻に病気で先立たれてもなお俺は探したさ。やつらを見つけた時、雄也は坂上家の戸籍に入っていた」

 青木は一息つくと、再び語り出した。

「雪の多い夜だった。ホームレスの男になけなしの金を握らせてまずは男の方を呼び出させた。橋の所で話し合いをしたが全く応じなかった。女の方も呼び出させたが同じだ。だから——」

「だから殺したと? 滅多刺しにして川に捨てたんですね?」

 美咲は冷酷な眼差しを向ける。

「投げ捨てたのは女の方だけだ。そして後に残ったのは雄也だけだ。だから俺が出向いた。返り血を隠すためにホームレスから剥いだ毛布を被って行ったんだ。連れ去ろうと思っていた。でも出来なかった。成長した息子を初めて見た時、あの夫婦の帰りを待つ息子の弱々しい瞳。その時、とんでもないことをしたと思ったさ!」

 青木は瞳に涙を浮かべる。

「ここまで、あんたの推測通りなのか?」

 ええ、と美咲は答える。

「父の代からあなたを追っていたからね」

「へえ、すると雄也の事情聴取をした刑事の娘か」

「ええ、そうよ。ずっとあの人を監視して来たのはあなただけじゃないのよ。私の父はあの冬に囚われていた。同じ年頃の子供を持つ父親としてあなたの捜索に躍起になっていた。勝手な行動が目立ってね。クビも同然で刑事をやめて自称探偵をしながら暮らしていたわ。散々な生活だったわよ」

 美咲は自嘲するように言った。

「あんたも同じ道を歩もうと決めたんだな」

 青木は美咲を指差した。

「別に跡を継ごうとか、無念を晴らそうとかそんなつもりはなかった。でもなんの因果か私も刑事になった。そして父が気にかけていたかつての少年と出会い結婚した」

 青木のやや安堵したような顔。二人の間にしばしの沈黙が続く。

「坂上夫妻の旦那さんの行方は?」

「除雪車に持って行かせたよ。あの変態男が欲しがったからな。今頃あいつの家の庭にでも埋まってるよ」

「酷いことするんですね」

 青木は逃れるように美咲から目を逸らした。

「当然の報いだ。残酷なことだとは分かっている。でもやっぱりあいつらは気に入らない。妻は雄也に会いたいと何度も言い、泣きながら死んでいった。何度も息子をあいつらに預けたことを後悔したが、あの二人を殺したことについては罪悪感なんて微塵も感じなかった。息子の悲しむ姿を直接見なかったせいもあるけどな」

 青木は観念したような表情を浮かべる。

「どうせレコーダーで録音してるんだろう? 分かってるさ。さあ捕まえろ、未解決事件を終わらせるんだな」

 美咲は何を言っているんです、と嘲笑う。

「残念だけどそんなつもりはありませんよ。あなたの思い通りにはいかせません」

 そうか、と青木は呟く。

「……あんた雄也と一緒になれて幸せか?」

「私は幸せですよ。このままでいたいから、あなたを捕まえて、雄也をまた過去と対峙させないために刑事をやめた。そして今日、あなたとの決着を付けたつもりです。そしてこれで父の遺言『真実を暴いてくれ』は果たされましたから。

 雄也を騙しているって言いたいんですか?」

 青木は手を左右に振る。

「人殺した人間がそんなことであんたを責めれるかよ。今更父親ヅラなんて出来ないが、どうかそのまま騙し通してやってくれ。あの子は幸せそうだ」

 美咲は青木に背を向ける。

「これは私の慈悲です。獄中で死ぬか、このまま一人で野垂れ死ぬかぐらいは選ばせてあげます」

 そう言うと、運転席に乗り込みエンジンをかけると窓を開けた。

「私はもうあなたのことを忘れます。だからもう私たちの前に二度と現れないでください」

 美咲は青木を一瞥することもなくそう言った。

「安心しな、そうするからよ。……ありがとう美咲さん」

「……さようなら」

 そう言い残し窓を閉めると車は走り去って行く。

 雪のちらつく駐車場。青い男は一人ぽつんと取り残された。

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青い影 カフェオレ @cafe443

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