異世界転生殺人事件

海猫ほたる

異世界転生殺人事件

 私立探偵、金田優作は愛用のVESPAベスパP150Xで街を走行中、空から降ってきた鉄骨に潰されて死んだ。

 

 

 そしてふと気付くと、そこは女神の部屋の中だった。


 

「ようこそ、私は女神ミルフィーユ。貴方が名探偵、金田優作さんですね」

 と、その女神は言った。

 

「そうだが、俺は……死んだのか」

 優作はそう言い、戸惑いながら天然パーマの髪の毛を手で掻き毟る。


「そうです。貴方は元の世界で死にました。そして今、私に呼ばれてここにいます。……あなたには、異世界で殺人事件の調査をしてほしいのです。私を信奉する教会の神父が何者かに殺されました。しかし、犯人はまだ見つかっていません。そこで、名探偵とよばれたあなたに一つ、調査して欲しいのです」


「なんで俺がそんな事をしなければいけないんだ」


「何故って、その為にあなたを呼んだのです。現世でうまく死ぬように、私が運命を操作して、あなたの頭上に鉄骨を落としたのですよ」


「まてまて……とすると俺は、異世界で殺人事件の調査をする為に殺されたって訳かい……あんた、言ってる事が滅茶苦茶だよ……」


「そんな事はどうでも良いのです。調査の結果、犯人が見つかれば、再び運命を操作して、元の世界に帰して差し上げましょう」


「……全く、仕方ねえな」


 そんな経緯で優作は、異世界での殺人事件を調査する事になった。

 

 

 場所は変わって、ここは異世界。

 教会では、今まさに現場検証が行われていた。

 

 

 そこへ優作が召喚された。

 

 

「ああ、女神ミルフィールが、探偵をお遣わしになられました。あなたの名はなんとお呼びすればよいのでしょう」


「俺の名は金田優作。私立探偵さ」


「ユウサクさん、私はシスターのホスティアと申します。今朝、教会でパッピンス神父が倒れているのを発見しました」


「なるほど、君が第一発見者というわけか」


「はい。そうなります……」



 そこへ、神父の死体を検証していた警部が優作の元へと走ってきた。


 

「君が、ユウサクかね。私はボルシチ警部だ。来て早々で申し訳ないが、教会の中に来てくれないか。今、神父の倒れていた場所を検証している途中でね」


「いいだろう。さっさと片付けて元の世界に戻りたいからな」



 優作とシスターのホスティア、ボルシチ警部は教会の中へと入って行った。


 教会の中では、パッピンス神父が血を流して倒れていた。

 神父の側には、凶器と思われる、血のついた大きな獣の牙が落ちていた。

 

「ボルシチ警部、凶器はこの大きな牙で間違いないかい?」

 優作は警部に聞いた。


「ああ、間違いないとも、この大きな牙で後頭部を一撃だ。争った形跡は無い。おそらく即死だったろう」


「この牙はどこから?」


「教会の倉庫にあったビッグワイルドタイガーの剥製の牙が片方なくなっている。おそらくこれだろう」


「なるほど……」


「そうか!わかったぞ!」

 警部は手をポンっと叩いて、そう言った。

 

「犯人は、第一発見者のシスター、ホスティア。君が犯人だ」


「……わ、私じゃありません」

 慌てて否定するシスター。

 

「ま、待ってください。早急すぎます。シスターは今朝ここに来て、神父の死体を発見したのでしょう。この様子だと、神父が殺されてから、時間が経っています。おそらく犯行は、昨晩です」


「そうか、ではシスターとは言えないか」

 ボルシチ警部はしょんぼりした。

 


「もう少し、現場を確認させて下さい」

 優作はそう言って、辺りを調査し始めた。


「わかった。改めて調べ直そう。調査記録は私がつけよう。」

 ボルシチ警部はそう言ってメモを取り出した。



 優作はまず、パッピンス神父の体を調べる。

 神父の手には紙が握られていた。

 紙には英語で「BEAST」と書かれている。

 

「獣……?ダイイングメッセージ……か?」


 側に聖書が落ちている。

 ダイイングメッセージは、聖書の一部を破って書いたものらしい。



 神父の側には、杯が落ちている。杯から液体が漏れていた。

 

「この杯に入っていたのは?」

 優作はシスターに聞いた。


「お茶です。パッピンス神父はよくコーン茶を飲んでらっしゃいました」


「コーン茶……ね」

 優作は頷く。


「おそらく、最初は講壇に置いてあったのが、殴られた拍子に手がぶつかって落ちたのでしょうな」


 ボルシチ警部が言う。

 神父が倒れているのは、講壇の側だ。

 

「警部、講壇で聖書を読んでいる時に後ろから牙で殴られた。その際に杯に手が掛かって落ちた……と言う事で良いですか」


 優作は警部に聞く。

 

「ワシはそう睨んでいるがね……」


「そういえば、シスターが発見した時、教会に鍵はかかっていましたか?」 

 

「はい、今朝私が来た時には、この教会に鍵がかけられていました。私はもともとここの鍵を持っていないのですが、いつもならとっくに鍵が開いているはずなんです。それで、おかしいと思って、教会の本部まで行って合鍵を貰ってきたんです」

 

「なるほど……では犯人が殺した後に鍵をかけて出て行ったのですね?」


「いえ、この教会の鍵は神父が持っていました、ほら」


 と言ってシスターは神父の腰を見る。確かに、ベルトに鍵がついたままだ。

 

「……と言う事は、密室だったのか。犯人は合鍵を持っている人……という事になるな」

 優作は考え込む。


「シスター、合鍵を持っていそうな人に心当たりはあるかい?」


「合鍵は……いえ、パッピンス神父は独り身で、その様な人はいないと思います……あ、そういえば最近神父は道具屋に頼んで、ここの鍵を取り替えてもらったばかりでした」


「なんだって?」

 優作は驚く。

 

「そうか!犯人がわかったぞ!」

 ボルシチ警部はまたもポンっと手を叩き、言う。

 

「犯人は、道具屋の主人だ。密室状態で犯行ができるのは、道具屋の主人しかいないぞ。おそらく、鍵の交換をする時に合鍵を作ったに違いない」


「ま、待って下さい。まずは話を聞いてみましょう。犯人かどうかはその後です」


「そ、そうだな……」

 またもボルシチ警部はしょんぼりする。

 

 

 優作とボルシチ警部は、道具屋に赴いた。

 

 

「私が、道具屋の主人、コンビーフだ」

 コンビーフは恰幅のいい中年男性である。

 

「コンビーフさん、教会の神父が殺されたのはご存知ですか?」

 優作が聞く。

 

「ああ、知っているとも。良い人だったのに、残念だ」


「犯人は、倉庫の奥にあったビッグワイルドタイガーの牙で殴られて殺されたそうです」


「な、なんだって……あのワイルドタイガーは、私が商売をしようと売人に持ちかけられたものなのだ。ちょうどそこへ神父がやってきて、神父はワイルドタイガーの剥製が、売人によって不法に密猟して作られたものだと気がついたんだ……」


「なるほど、コンビーフさんはそこで神父に怒られた訳ですね」


「ああ、そして剥製は没収となって、教会の倉庫に保管される事になったんだ……まさか、あんたらは、それを逆恨みして私が神父を殺したと言いたいのか?」


 コンビーフの顔が蒼くなる。

 

「それもありますが、教会は外から鍵がかかってて、鍵は神父が持っていた。完全な密室なんです。犯行が可能なのは、合鍵を持っている人しか不可能なんです」

 優作はコンビーフに説明する。

 

「確かに、私は教会の鍵を取り替えた。その時に合鍵を作っておけば、できなくはない……だが、信じてくれ。私じゃ無い……」

 コンビーフは必死の形相で優作に泣き縋る。


「そうは言っても、状況証拠では貴方が今の所、一番怪しいですし……コンビーフさん、貴方は昨夜の夜、何をしていましたか?」


「昨夜は、店を閉めて、そのまま眠ったよ」


「それを証明できる人はいますか」


「いや……いない……昨日の夜は誰とも会っていない」

 コンビーフは力無くうなだれる。

 

 ボルシチ警部が懐から手錠を取り出す。


「これで、決まりですな……ダイイングメッセージの『BEAST』の意味は獣、つまりあの剥製の獣の事だ。神父は、剥製の取引を無理やり中止した事でコンビーフさんに逆恨みされたと思って、慌てて書いたのでしょう。犯人はあなただ」


「待ってください。何かおかしい……」

 優作は、コンビーフに手錠をかけようとするボルシチを制して言う。


「犯人が、コンビーフさんなら、密室にする必要はないはずだ。自ら犯人だと言っているようなものなのだから……まるで、この状況は犯人をコンビーフさんに仕立て上げようとしているかの様だ……誰かが……」

 優作は頭を掻きむしって考え込む。

 

「コンビーフさん、他に、神父が最近誰かと会っていたという話は聞いていませんか?」


「そういえば……勇者と会っていたな」

 コンビーフは思い出したように言った。


「勇者?」


 ボルシチ警部が付け加える。

「勇者ヤスだな……最近この世界にやってきたともっぱらの噂だが、この町に来ていたとは知らなかった。ユウサクさん、勇者ヤスは、あんたと同じ世界から来たという話だ」


「勇者ヤス……」

 優作は何かを思いつき、考え込む。


「ああ、勇者ヤスはよくこの店にもきてくれて、松明とか薬草とかを買って行ってくれるんだ。教会にも通っていると言っていたよ」

 とコンビーフ。

 

「コンビーフさん、今、勇者ヤスはどこにいるかわかりますか」


「確か宿屋に泊まっていたが、そろそろ次の町に行くと行っていたから、まだいるかはわからないな……」


「警部さん!急いで町を封鎖して下さい!勇者ヤスをこの町から出してはいけない!」

 

「わ、わかったが……どうしてだね……」


「犯人は……ヤスです!」



 数時間後、町を出ようとしていた勇者ヤスは警官に呼び止められた。

 最初は渋っていた勇者ヤスであったが、事情聴取に応じて、警部と一緒に教会にやってきた。

 

 

「あんたが探偵か……犯人は見つかったんだろう?……いい加減にしてくれ。俺は魔王を倒すために急いでいるんだ」

 勇者ヤスは、ふてくされながら優作に言った。

 

「ヤスさん、御足労ありがとうございます。早速ですが、話を聞かせていただけませんか。昨日の晩、あなたは何をしていましたか?」


「俺は宿屋で寝ていたさ。宿屋の主人と会っているから、主人が証人になってくれるさ」


「なるほど……アリバイはある……か」


「それに、この教会は密室だったんだろ、俺には犯行は不可能なんじゃないか?……じゃあ俺はこれで……」

 勇者ヤスは自信たっぷりに答える。

 

「いえ、可能です。……あなたは、勇者だ。勇者なら『さいごのかぎ』を持っているはずだ」


「チッ……」


「『さいごのかぎ』……とは何ですかな?」

 ボルシチ警部が不思議そうに聞く。

 

「どんな扉でも開く事ができると言われている鍵です。勇者ヤスはそれをどこかの祠で手に入れたのでしょう」

 優作はボルシチに説明する。

 

「まあいいか……確かに俺は『さいごのかぎ』を持っている。だからと言って俺には、パッピンス神父を殺すのは不可能だ。俺は、犯行時刻には宿屋にいたんだからな」

 勇者ヤスはふんぞり返り、鼻息を荒くしながら言う。


「それは、凶器が本当に牙だったら……でしょう」


「どういう事かね?」

 今度はボルシチ警部が驚く。

 

「パッピンス神父の死因は、牙で後頭部を殴られた事ではありません。」


「なんだと!」


「神父の死因は、あの杯に入れられていたお茶です。神父はいつもあの杯にコーン茶を入れて飲んでいた。そこに毒が入っていたのです」


「毒……本当かね」


「はい。あの杯を調べた時、僅かにアーモンドの香りがしました。おそらく、お茶に青酸カリが入れられていたのです。神父は、お茶に入れられた青酸カリによって、服毒死していたのです」


「では、あの牙はなんなのだ?」

 

「アリバイ工作です。犯人は、犯行時刻をずらすトリックを使ったのです」


「詳しく、説明してもらえるかな……」

 ボルシチ警部は優作に説明を求めた。


「犯人は、神父と会っている時に神父にお茶を勧めた。その時にお茶の中に青酸カリを入れて神父を殺害したのです。神父は、死の間際に慌てて聖書を破り、破ったページにダイイングメッセージを書いたのです。犯人はその紙を見ましたが、書かれていたのは『BEAST』です。犯人は、自分の名前が書かれていない事を知って、安心しました。そして逆に、ダイングメッセージを利用して、別の人物を犯人に仕立て上げる計画を思いつくのです」


「ふむ……なるほど。それが道具屋の主人、コンビーフなのだね」


「そうです。犯人は『さいごのかぎ』を使い、教会を密室にする事で、合鍵が作れる道具屋のコンビーフ氏に疑いが向く様に仕掛けた。そして、『BEAST』のメモが獣を意味すると思わせる為に、倉庫にあった剥製の牙を取り出して、この教会の天井に仕掛けたのです」


「仕掛け……とは何だね」


「おそらく、空中に浮遊する魔法をかけたのでしょう。そして、時間経過で魔法が切れる様に細工していた。神父はうつ伏せになって倒れているので、時間が経過して魔法が切れ、牙が落ちてきて神父の後頭部に直撃する。牙が凶器だと思わせるトリックなのです。そして、その頃には犯人は宿屋に戻ってアリバイを確定させておく……つまり、勇者ヤス、あなたが犯人だ!」



 優作は勇者ヤスに指を突きつける。

 しかし、勇者ヤスの顔は落ち着いている。

 

「なるほどな……よくできたトリックだ。それならば俺に犯行は可能って訳だ。たしかに、俺は昨日の夕方過ぎに神父に会っていたかもしれない。しかし、それらは所詮、状況証拠にすぎない。あくまで仮説の話って訳だ。残念ながら、俺を犯人だと断定する事はできないな」


 勇者ヤスは薄汚い笑みを浮かべている。


「そうですね……この世界では、指紋採取や司法解剖による正確な死亡推定時刻を調べる事は難しいでしょう。そうなると、状況証拠だけで犯人をあなただと決めつける事はできないでしょう」

 優作は困った様な顔をした。


「そうだろう。犯人じゃないなら、俺は無罪だ……さっさと解放してくれ」


「いえ、あなたが犯人ですよ。勇者ヤス」


「まだ言うのか!だったら証拠はあるんだろうな!出せよ証拠を!」

 勇者ヤスは激昂する。

 

 優作は笑顔で頭を掻きながら、言った。

「証拠は、被害者が既に語っています。……パッピンス神父が手に持っているダイイングメッセージ、そこに犯人の名前が書かれているのです」


「なに?」


「な、なんだと!……どう言う事だね」

 今度はボルシチ警部も驚く。

 

「パッピンス神父もおそらく、私たちと同じ世界から来た人なのでしょう。但し、国が違います。私と勇者ヤスは日本から来ましたが、パッピンス神父は韓国から来たのです。神父はよくコーン茶を飲んでいたそうですね。韓国の人はよくコーン茶を飲むのです。そして、『パッピンス』というのは、韓国語でかき氷を意味するんです。おそらく、神父がここに来た時に自分で名付けたのでしょう」


「神父が……韓国人……だと……ま、まさか」

 そこで勇者ヤスは、ハッとなる。

 

「そうです。『BEAST』は『野獣』という意味です。韓国語で野獣は『ヤス』と発音するのです。神父は殺される直前、咄嗟に犯人の名前を書こうとした。しかし、犯人にすぐ見つかってしまっては、証拠を隠されてしまう。そこで、誰かに気が付いて貰える可能性を信じて、わざとこう言う書き方をしたのです」


「く……くそっ……盲点だった」

 勇者ヤスは、膝から崩れ落ちる。

 

 

「勇者ヤス。署まで同行願おうか……」

 ボルシチ警部は、勇者ヤスに手錠を掛ける。

 勇者ヤスはもう抵抗はしなかった。

 

「最後に教えてください。勇者ヤス、あなたはなぜ神父を殺したのですか……」

 優作は聞いた。


「神父は俺の『ぼうけんのしょ』を無くしやがったんだ……」


「それだけ……?それだけの事で神父を……」


「お前らに何がわかる!『ぼうけんのしょ』は俺の大事な思い出がつまった物なんだ!それを『ぼうけんのしょがきえました』だけで簡単に済ませられて……黙っていられるか!」



 ……そうして、勇者ヤスは連行されて行った。

 

 優作は、女神ミルフィールの声を聞いた。

 ——よく、事件を解決してくれました。優作よ。元の世界に戻してあげましょう——

 

「女神の声が聞こえる。どうやら元の世界に戻れるようだ」

 優作はシスターにそう言った。

 

「ユウサクさん、本当にありがとうございました。どうか、元の世界に戻ってもお元気で。……また事件があったら、来てくださいね」


 シスターは名残惜しそうに言った。

 シスターの目元には、涙が浮かんでいる。

 

「……もう、呼ばれない事を願うよ」


 優作とシスターの前に、亜空間へのゲートが開かれた。


 優作はシスターに背を向け、後ろ手に手を振りながら、その中へ歩いて行った。



 おわり

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