故郷の色映す

少し懐かしいことを思い出した。

もう赤いきつねも緑のたぬきも、ただのカップ麺と思って食べていたけれどそんな思い出があったなあ。


「でもすでにあるんだよね」


キッチンの棚には大量のカップ麺。その中に赤いきつねと緑のたぬきもあった。


夢を追いかけて上京し、運良く事務所に所属することができた。毎日忙しくて部屋はぐちゃぐちゃ。ご飯もまともに作らないような生活だけれど。


せっかくだから送られてきた方を食べてみよう。

私は迷わず赤いきつねを手に取る。

父がたぬきで私がきつね。ずっとそうだった。


すっかりぬるくなってしまったお湯を沸かし直す。シューとやかんが鳴って沸騰したことを教えてくれた。


「お湯を入れて、と」


3分間待つ。短いようで長くて、長いようで短い。いつかの父のように自然と鼻歌を歌っている自分がいた。


「できた」


黄金色に輝く出汁と大きなお揚げが美味しそうだ。


「いただきます」


まず汁を一口飲む。口の中いっぱいにお出汁の味が広がった。美味しい…けれど何か違う。いや正確に言うと"違う"のではなく、


「…この味は」


懐かしい味だった。私の部屋にある赤いきつねより少し薄い、お出汁が全身に染み渡るような味。


もしかして、と急いでネットで検索すると、赤いきつねには北海道向け、東日本向け、関西向け、そして西日本向けの4種類あることがわかった。カップをよく見ると、送られてきた赤いきつねには「W(西日本向け)」、家のものには「E(東日本向け)」と外側に印字されている。


そしてカップを観察している間に別のことにも気づいてしまった。


〈風邪を引かないように気をつけなさい〉。

マジックペンで不器用にカップの側面に書いてある文字。これは間違いなく父の字だった。


「なんなん…。今までこんなのなかったやん。急に送ってこんといてや」


目から何かがポタリと落ちてお出汁に小さな波紋が広がる。


湯気が温かかったから、表情筋が緩んで、それで…ついでに涙腺も緩んだんだ。

ありえない理屈を自分に言い聞かせる。そうでもしないと今すぐこの部屋を飛び出して、実家に帰りたくなってしまいそうだった。


とめどなく目から溢れるそれを余所に、ダンボールをひっくり返して、カップ麺を全て出す。その全てに父からのメッセージが書いてあった。

メッセージを読む度に、帰りたい、今すぐ父に会いたいという気持ちが募る。喧嘩したことを謝って、一緒にまた2人で赤いきつねと緑のたぬきを食べたい……。


最後に手に取った緑のたぬきには〈頑張りなさい〉とただ一言添えられていた。ハッとした。父が応援してくれている。それならば私は帰ってはいけない。


そうだった。私の歌で人を幸せにしたくて歌手を目指していたんだった。昔、父が嬉しそうに笑顔を綻ばせたときのように…。


帰りたいなんて弱音を吐いてる場合じゃない。また父に叱られてしまう。カップ麺の出汁に私の顔が映る。私とよく似た父の怒った顔が一瞬見えたような気がして、少し笑ってしまった。


ダンボールをひっくり返した時に、カップ麺と一緒に落ちた手紙。茶色い封筒に入ったシンプルな白い便箋に母の字が綴られていた。


〈今回の仕送りはお父さんが選びました。お父さんも本当は応援してるんよ。母より〉


私も手紙を書こう。東京の赤いきつねと緑のたぬきを添えて。


赤いきつねを一口食べる。麺はとうの昔に汁を吸ってぶよぶよになってしまったが、それでもやっぱり美味しかった。懐かしい味とも東京の濃い味とも違う、ほんの少し塩辛い赤いきつね。

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懐かしいあの味をもう一度 吉祥 昊 @soi_03

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