第3話 陣痛が……どっか行きました!



 通常、陣痛はお産が進むとともに痛みの間隔が短くなり、強さも増してきます。人によって痛みの感じ方は違うと思いますが、自分の感覚だとこんな感じです。


・7〜10分間隔:重めの生理痛くらい。うたた寝くらいはできる。痛みが来ている時も食事はできる。


・5〜6分間隔:「痛い」って言いたくなるくらいには痛い。寝るのは厳しい。痛みが来ている時は呼吸法に集中する必要あり。


・3〜4分間隔:激痛。スマホ見るのもしんどい。呼吸法+ツボ押ししないと無理。痛すぎて気持ち悪くなり、食事は吐く。


 というわけで、二日目の夜は3〜4分間隔で痛みが来るたびに夫にツボ押ししてもらいながら過ごしました。当然まともに寝ることも叶わず、朝を迎える頃には二人とも腰をかければ船を漕ぐほどグッタリ……。


 痛すぎて夜中に吐いてしまったこともあり、朝食は喉を通りませんでした。


 8時になると再び向かいの沐浴室でお風呂に入る赤ちゃんたちの大合唱が聞こえてきます。昨日は微笑ましく聞いていられましたが、一分一秒でも休みたい状態においてはなかなかに過酷……! いや、赤ちゃんたちは悪くない。悪くないんですが……!


 9時になり、診察に呼ばれます。

 診察室までは廊下を少し歩いていかなければならないんですが、まあしんどいですよね。体力も限界だし、歩いている途中に陣痛くるし。大の大人が半べそかきながらよたよた歩くみじめさよ……。


「赤ちゃん、だいぶ下の方に降りてきてますよ! これは相当痛いでしょう。ここまで歩いてきただけでもすごいことです」

「先生、それより子宮口は……?」

「まだ8cmですね」


 えーーーーーー。


 愕然とする乙島。

 もう少し様子を見て、進展なければ陣痛促進剤を入れましょうと言われる。てかその話昨日もしてなかったっけ……?

 (大きい病院なので日ごとに診る先生が変わります)


 陣痛室に戻り、再度痛みに耐える時間を過ごします。

 赤ちゃんが下に降りてきているので、だんだん痛みの位置が下の方になってきました。夜間は呼吸法とツボ押しである程度痛みを緩和できていたのですが、徐々にごまかしが効かなくなってきます。

 一方、陣痛はというと、3〜4分間隔で来ていたはずがだんだん5〜6分間隔に長くなってしまいました。

 後から聞いた話によると、子宮も筋肉なので疲労という概念があり、当然二徹で食事をまともにとってない身体では子宮収縮させる力が弱まってきてしまうとのこと。

 いわゆる「微弱陣痛」というやつです。

 微弱って言ってもめちゃくちゃ痛いけどね!!


 そうして昼12時ごろ。

 陣痛が始まってから34時間。

 特に進展はなかったと思うのですが、産院側もしびれを切らしたのか、ついに陣痛室から分娩室へ移動になりました。そこで子宮口全開大、陣痛間隔2分以内になるのを待ちましょうと言われますが……。

 一時間経っても、陣痛間隔は短くならず。

 痛みはどんどん強くなってきて、ツボ押しは夫と助産師さんの二人体制でやってもらっても泣き叫ぶレベルになってきました。それまで冷静にやってきた呼吸法も、痛みによるパニックで続けられなくなってくる。

 立ち会っていた夫もこれ以上は見ていられないと思ったのか、助産師さんに相談して先生を呼んでもらうことに。


「わかりました。陣痛促進剤を入れましょう」

「お、お願いします……。それで、促進剤を入れたらあとどれくらいで生まれるんでしょうか……?」

「それはわかりません」

「え」

「ひとによって効き目の違いがあるので。効きが悪いと数時間以上かかることも……」


 だったらもっと早く入れてほしかったよ!!

 ……というのが本音なんですが、それでもやっぱり薬を使うこと自体がリスクなんですかね。詳しくは専門家ではないのでわかりません。


 幸い、わたしは薬の効きが良い方だったようです。


 点滴で少量ずつ薬を入れていくと、痛みの間隔が6分だったのが4分、3分とだんだん短くなってきました。もちろんそのぶん痛いんですけどね。これまでの疲労と痛みのせいで何回か意識が飛んだと思います。このあたりは記憶が曖昧。

 体力が落ちているからとウイダーを出してもらいましたが、これも全部吐きました。ゼリー状のものしか出なかったので、もう胃の中はすっからかんだったんだろうな……。

 なんとなく「尻が赤ちゃんの形になってる」みたいな変な感覚があったのは覚えてます。強制的に下向きの人の形に変形させられているような痛みです。

 よく言う「いきみ」もありました。痛みの波が来ると自然とお尻の方に押し出そうとする力が加わるんですね。いきんでいるというか、いきまされているという感じです。


 薬を入れ始めて40分くらいした頃でしょうか。

 陣痛の波とともに強いいきみ感が襲ってきました。


「出ちゃう出ちゃう出ちゃう!」

「乙島さん、ほら呼吸法に集中して!」

「いぎゃーーーーーもう無理ですぅぅぅぅ!」


 ――バルン!!


 風船のようなものが破裂して飛び出したような音と感覚。助産師さんの表情が綻びます。


「いま、完全破水しましたね!」


 え、あれ? 昨日の夜にも破水してなかったっけ?


 この状況、いまいち理解してないのですがどうも昨晩の破水とこのタイミングの破水は別物のようで。助産師さんは先生を呼んでテキパキと分娩台を変形させていきました。いよいよお産も最終段階です。


 ようやく見えてきたゴールにほっと安堵……する余裕は全然ありません。


 相変わらず陣痛は1〜2分間隔でめちゃくちゃ痛いのですが、分娩台の準備が整って先生が来るまでは赤ちゃんを出してはいけません。ずいぶんスムーズに準備していたとは思いますが、とにかくじれったく辛い時間でした。


 ここで二つ、よくある出産体験記に裏切られたことがあります。


 一つ目。「会陰切開は陣痛ほど痛くない」


 そんなことないわ! 局所麻酔されててもザクザク切られてる感覚があってけっこう痛かったです。あれは別の痛み。そして産後一番苦しむことになりましたが、この話は今回のエッセイでは省きます。


 二つ目。「いきみ逃しに比べたらいきむ方が楽」


 赤ちゃんが小さかったらね? もしかするとそうなのかもしれないですが。予定日より1週遅れてすくすく育った赤ちゃんを産むのは……それはもう大変でした。


 股の間に頭が出ているのはなんとなくわかったのですが、これがけっこうデカい。「鼻からスイカ」とはよく言ったものですね。「あ、これいきんだら股が裂けるやつ」と悟ります。でも、陣痛は待ってくれない。この頃には1〜2分間隔になっており、陣痛がきたらいきむよう指示されます。


「今ですよ! せーの! はい、いきんでー!」

「うううううううううっ!!!!」

「はい、一回休みましょう! 次の波でまたいきんでくださいねー!」

「え、あれ、まだ終わらないんですか……?」

「うーん、あと五回くらいはいきまないとかなー!」

「五回(白目)」


 うちの赤ちゃん難易度高すぎませんか……?


 しかも頭が出たと思ったら今度は肩でつっかえている。くそお、ビッグな男になりやがって!


 そんなこんなで何回かいきんで、ついに累計36時間。


 ドゥルンと勢い良く飛び出した息子。




「うにゃあーーーー! うにゃあ! うにゃあ! うにゃあ!」




 ……あらやだ。

 うちの子の産声、世界で一番かわいいのでは?




 沐浴室の向かいで散々いろんな赤ちゃんの泣き声を聞きましたが、迷うことなくそう思いました。早速親バカスイッチ発動です。


 あれだけ辛かった陣痛は、不思議なことに子どもが生まれた瞬間やみました。会陰切開の傷の縫合処置は痛かったけど……。


 家族三人の初めての写真はばっちり顔にマスク痕が残ってました。おのれコロナ。

 それから二時間ほど夫と息子と過ごした後、夫はコロナ対策で帰され、息子は新生児室へ。


 36時間戦った身体は全身寒気がするほど発熱しており、自力で歩く体力もありませんでした。助産師さんに着替えを着せてもらって、車椅子で病室へ。疲労はピークに達し、わたしはベッドの上で力尽きたのでした……。




 ***




 いかがでしたでしょうか。

 読む方までしんどくなりそうな体験記になってしまいましたね。


 この出産体験記が読んだ方にとってどういうものになるかは分かりません。


 これからお産を迎える方が読んでいたら怖がらせてしまうかもしれませんね。参考になる話でもないし……。


 でも大丈夫! きっとこんなに長く陣痛に耐えることになるのはレアケースだから!


(と思っていたら、陣痛に苦しんだあげく緊急帝王切開になったお母さんを入院中に見かけました……つらい……)


 中には産んですぐに嬉しさで痛みを忘れるという強いお母さんもいますが、私はしばらくフラッシュバックのようにお産の痛みを思い出してはイタタタタ……となっていました。


 ちなみに後日、退院してから祖母が会いに来てくれたのですが、ひ孫の顔を見てから一言。


「子どもはしばらくいいやと思ったでしょ」


 祖母がそんなことを言うとは思わず驚きましたが、実を言うと少しほっとしました。


 どれだけ医療技術が進んだって、子どもを産むのは命がけだと実感したばかり。今は目の前の息子を育てるのに精一杯で、理想は二人欲しかったとしても、もう一度あんなお産を経験するなんて考えるだけで辛い。だから、そんな気持ちをわかってもらえたことがちょっと嬉しかったんです。


 話を聞くと、どうやら祖母も同じく微弱陣痛で苦しんだそうで。それでもしばらくしてから第二子を授かり、そのときは案外あっさりお産が進んだと言います。


 お産は本当にひとそれぞれ。

 しかも一人目・二人目で全然違う。


 人間って不思議で、不器用な生き物ですね。


 わたしもきっといつか痛い思いをしたことなど忘れて、二人目が欲しいと思うときが来るのかもしれません。そればっかりは分からない。


 先のことは考えず、今はまず生まれたてのほよほよな我が子と過ごす日々を大切にしていきたいと思います。




 ……うーん、でももし二人目を産むとしたらやっぱり無痛分娩がいいかな。






〈おしまい〉

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出産体験記〜陣痛から出産まで36時間かかった話〜 乙島紅 @himawa_ri_e

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