第2話 子宮口が……開きません!



 ここでいったん、知らない方向けにお産の流れを簡単にご説明します。


 普通分娩の場合、赤ちゃんが生まれるためには二つの条件が揃う必要があります。

 一つ目は、赤ちゃんの出口となる子宮口が開くこと。妊娠中は閉じている子宮口ですが、出産時はなんと10cm近くまで開きます。

 二つ目は、赤ちゃんを押し出す力=陣痛が強くなっていくこと。陣痛とは子宮収縮によって起こる痛みなので、お産が進むほど次第に間隔が短くなり痛みの強さも増していき、10分間隔の軽い痛みから始まって最終的には1〜2分間隔の激痛となります。


 わたしが産院に着いた時点では子宮口はまだほとんど閉じており、陣痛間隔は6〜10分で不規則でした。簡単な内診を終え、しばらく様子を見ましょうとのことで分娩監視装置をつけて陣痛室に案内されます。


 なお、当時はコロナ禍真っ只中。

 緊急事態宣言は解除された後でしたが、産院ではまだ厳戒態勢が続いており、常時マスク着用は当たり前、出産の立会いについても「子宮口6cm開いてから夫のみ立会い可」となかなか厳しい制限がかかっていました。

 そのため母とは深夜に車を出してもらったにも関わらず病院の玄関で別れ、子宮口が開くまでは一人で陣痛に耐えることになりました。


 陣痛室に着いたのは午前4時半頃。

 お産はまだ先になりそうだから、今のうちに睡眠とっておいてくださいねと助産師さんに言われます。

 ただ、そうは言っても定期的に痛みがやってくるのでなかなか寝れません。初めは生理痛くらいかなと思っていた痛みもどんどん強さが増していって、鎮痛剤が欲しくなるレベルになってきました(もちろん、妊娠中なので薬は飲めません)。

 しかも、看護師さんや助産師さんが一時間おきくらいに様子を見に来たり、他の陣痛室から妊婦さんのうなり声が聞こえたりと、もともと眠りが浅いタイプのわたしが寝付けるはずもなく……。


 結局、一晩中まともに寝れないまま朝を迎える事になりました。


 午前8時頃、待望の朝食。食欲は平常運転。むしろいつも6時台には食べているのでめちゃくちゃお腹減ってました。今しか食べられないかもということで、ペロリと完食。


 しばらくすると部屋の外からは赤ちゃんの泣き声が聞こえてきました。どうやらわたしの陣痛室の向かいが沐浴室だったらしく、入院中の赤ちゃんが順番にお風呂に入れられているみたいです。

 赤ちゃんの泣き声って意外と個性があって、王道のオギャアタイプだけでなく、甲高く叫ぶ子や、野太いハスキーボイスの子もいるんですね。

 うちの子はどんな泣き声なんだろう……と想像しながら静かに痛みに耐える朝。痛みはさらに増し、呼吸法やヨガのポーズなどで集中して痛み逃ししないと辛くなってきました。ただまだ声を上げるほどではない。


 午前9時頃、診察に呼ばれました。

 陣痛が始まってからもう7時間経ってますし、痛みも強いのできっと子宮口も開いてきているに違いない……と期待していたのですが。


「うーん、まだ1cm開いてるかどうかってところですね」


 え?

 変わって、ない?

 もうすでにけっこう痛いのに……?


 産院はなるべく自然に任せる方針らしく、午前中様子を見て開いてこなければ薬を使おうという話になりました。

 夫は朝イチで新幹線に乗って駆けつけてくれていたのですが、例のコロナの制限があるので子宮口が開いてくるまでは実家で待ってもらうことに。


 そうして12時、14時、16時、18時……と刻々と時間が過ぎていきます。陣痛は強くなるものの、なかなか子宮口は開かず。平均12時間ってなんだったの? この間、出血はありましたが、1時間おきにチェックに来る助産師さんにはまだまだと首を振られるばかり。


 終わりが、見えない……。


 本当に赤ちゃんは生まれてくるんだろうか?

 自分の体は耐えられるんだろうか?

 長時間トイレとベッドしかない部屋で孤独に痛みと戦っていたせいもあってか、急に不安に押しつぶされそうになってきました。


 でも、始まってしまったからには後戻りできないのが出産。

 お産はよくフルマラソンに喩えられますが、途中棄権という選択肢があるだけフルマラソンの方が断然イージーです。お産はどんなに辛かろうがゴールまで走りきるしかない。ゴールがどこにあるかわからなくても、です。


 20時。陣痛と共に過ごす二度目の夜。

 相変わらず痛みで眠れませんが、少しでも体力を温存しようとベッドで横になっていると、股からジョワジョワと何か出てくる感覚が。


 破水です。


 おかげで少し開きやすくなったのか、その後の診察では子宮口6cmと言われました。だいぶ進んできている。それでも分娩が始まる10cmまでは時間がかかりそうとのこと。

 時刻は24時を過ぎ、ついに日付が変わります。

 痛みはどんどん増す一方で、時間が経つほどに精神はすり減っていく。

 ひとまず、状況を伝えるために実家で待機している夫に電話しました。


「破水して、子宮口が6cmまで開いてきたみたい」

「おお、それは良かった!」

「うん。でも、まだ生まれるまでには時間がかかるって……」


 それ以上はしんどくてうまく言葉を続けられず。様子を察したのか、夫は長丁場覚悟の上で産院まで駆けつけてくれました。

 彼が到着し、「ここまで一人でよく頑張ったね」と声をかけてもらった瞬間、それまで我慢していた涙が堰を切ったように溢れ出ました。


 最初は立会い出産にしないつもりだったんですが、いざ経験してみると立会い無しでは乗り越えられなかったかもなと思います。痛みを共有できなくとも、信頼しているひとが側にいてくれるというのがどれだけ心強いことか。

 それに、母親教室とかでよく「陣痛中は旦那さんにテニスボールでお尻あたりを押さえてもらいましょう」と言いますが、あれ実際にめちゃくちゃ効くんです。おかげで痛みも楽になってきました。


 このまま順調に子宮口が開いてこれば、きっと明日には生まれるはず。

 夫婦二人で陣痛二日目に臨む深夜。


 しかし、我々はまだ知らなかったのです。

 陣痛との戦いは、ここからが本番であるなどとは……。


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