出産体験記〜陣痛から出産まで36時間かかった話〜

乙島紅

第1話 赤ちゃんが生まれ……ません!



 平均12時間。

 これ、なんの時間か分かりますか?


 答えは、「(初産の場合)陣痛が始まってから出産までにかかる時間」です。


 半日ですよ、半日。長くないですか?


 ちなみに陣痛がどれくらい痛いかというのを点数化した表があるそうなのですが、骨折や打撲が50点満点中20点だとしたら、手指の切断が40点、そして初産婦の出産が35点になるそうです。


 人類、子孫残すの大変すぎる。


 でも安心してください。

 お産はひとそれぞれとよく言われますが、本当にひとによって全然違います。中には初産でも数時間でスポーンと産んでしまうひともいるそうです。立会い出産希望してたのに旦那さんが来る前に終わっちゃった〜なんて話も聞きますよね。だから平均時間なんてあくまで目安。案外辛くないかもしれないですよ? 呼吸法マスターすれば痛みも和らぐって言いますし! ささ、気楽に臨んでいきましょ〜! HAHAHA〜!


 ……なんて思っていた時期もありました。


 うっそ。全然うっそ。


 平均で12時間ということは、12時間以上苦しむひとも当然いるわけで。


 わたしはバッチリその枠に入りました。

 しかも平均より数時間遅れたとかいうレベルではなく、なんと平均の3倍の「36時間」もかかったのです。

 平均ってなんだよ、正規分布じゃないのかよ。

 控えめに言っても、死ぬかと思いました。

 いや、冗談抜きで、生まれた時代が100年違ったら、医療技術の違いで赤ちゃんかわたしのどちらかが力尽きたかもしれない。

 子孫を残したら役目を終えたかのように死んでしまう虫の気持ちが少しわかりました。できることならわかりたくなかったけどな。


 ……というわけで、せっかく貴重な体験ができたので出産レポというものを書いてみたいと思います。


 人生、何事もネタにしていこう!

 イヨッ、物書きの鏡!

 前向きだねぇ!


(ちなみに本当に後々エッセイにするつもりで陣痛中に経過をメモしていましたが、辛すぎて24時間超えたあたりでメモが途絶えているので、半分うろ覚えの記憶をたどりながら書きます。ご容赦ください。ここでブラウザバックされる方は「陣痛中ってスマホ見る余裕もなくなるものなんだ」ということを覚えて帰っていただければ幸いです)




 ***




 改めまして、自己紹介をしておきましょう。


 乙島紅、広告関係の仕事をしながらマイペースに執筆を楽しむアラサーです。

 先日第一子を出産しまして、今は育休をとってミルクとウンチにまみれる子育ての日々。このエッセイも子どもがいつ起きるかヒヤヒヤしながら書いてます。ちょっと待って、うちの子寝顔かわいいな?(カメラパシャー)


 おっと失礼、話が逸れてしまいました。本題に戻ります。


 36時間の難産になるには何か原因があるんじゃないかと思われる方もいるかもしれません。

 例えば妊娠経過で何かトラブルがあったとか、赤ちゃんが逆子になっていたとか、母体に持病があったとか、妊娠後期の適度な運動が足りてなかったとか。


 ごめんなさい、まったくないです。


 つわりすらない超順調な妊娠経過で、赤ちゃんも一度も逆子にならず、わたし自身はこれまで大きな病気をしたことがないですし、妊娠中は安定期から毎晩マタニティヨガをして、妊娠後期はほぼ毎日40分以上のウォーキングをしていました。


 そう、まさに教科書通りの安産コースのはずだったんです。それがいつの間にやら36時間棄権禁止のフルマラソンに迷い込んでいました。


 なにやらスムーズに行かないぞと感じ始めたのは予定日まで残り一週間になった頃……。


 臨月に入ってから三週間、いつ生まれてもおかしくないというので日々そわそわ過ごしていましたが、なかなか気配がありません。

 ひとによっては前駆陣痛(生理痛のような不規則な痛み)や、おしるし(お産の兆候となるわずかな出血)が起こる時期のはずですが、わたしの場合は前駆陣痛がまれ〜に起こるくらいでそれ以外は何もなく。

 赤ちゃんもお産に向けて下の方に降りてきたら動きづらくなるそうなのですが、うちの子はまぁお腹を蹴る、蹴る、蹴りまくる。妊婦健診で先生に「胎動はどう?」と聞かれて「めっちゃ元気です!」と答えると苦笑いされたほどでした。


 まだ予定日の前だし、何か異常が起きているわけではない。待つしかない。10ヶ月お腹に宿した期間に比べればたかが1週間、人生長い目で見ればほんの一瞬。


 ……されど、されどです。


 自分だけでなく夫も、両親も義両親も、祖母たちも待ち望んでいる赤ちゃん。

 里帰りしていたこともあって、毎朝「うーん、まだみたい」「きっとお腹の中が心地いいんだねぇ」が定型文になり、「大安に生まれる説」「満月に生まれる説」「お父さんが来てくれる休日を待っている説」「予定日ぴったりに生まれる説」などいろいろな説が提唱されてはあっけなく散っていきました。


 そうして一週間経ったものの、状況は何も変わらず。

 家族は赤ちゃんがいつ生まれるかについてはなるべく触れないようにしてくれていましたが、こうなると気を遣われていることさえ辛くなってきます。

 すっかり気落ちしてしまって、執筆する気力がなくなったり、毎日入り浸っていたSNSを開けなくなったり、お風呂でひとりになった時に泣いたりと、完全にマタニティーブルーにやられてしまいました。

 できたのは入院中に読むつもりで全巻ダウンロードしておいた呪術廻戦の電子コミックを一気読みすることくらい。漫画に夢中になっている間は「いつ生まれるのか」のプレッシャーから解放されて楽になれました。ありがとう呪術廻戦。後から思えば、入院中は忙しすぎて読む暇がなかったので事前に読んでおいて良かったですね……。

 ちなみに、もっと運動しなきゃ生まれてこないのではと半分ヤケになりながら8km歩いてみた日もありましたが、赤ちゃんは相変わらずのんきにドゥルンドゥルン動いていました。

 両親ともにスケジュール管理をしっかりしたいタイプなのに、全然その血を受け継ぐ気がないのんびり屋さんのようです。


 医学的には「妊娠37週0日から妊娠41週6日まで」が正期産になるので、40週0日にあたる予定日を超えることはわりとよくあることなのだそう。

 ただ、生まれるのが遅くなると赤ちゃんが大きくなって難産になりやすいのと、胎盤機能が劣化する可能性があるので、状況を見て強制的にお産を早める措置を行うこともあります。

 わたしも予定日の三日後の健診で「あと三日待ってみて生まれなかったら陣痛促進剤を入れましょう」と言われました。陣痛促進剤というのは強制的に陣痛を起こす薬のことです。効きすぎると赤ちゃんに負荷がかかるリスクがあるそうなので、「そうなる前に出ておいでー」とお腹に話しかけて待つことさらに三日。


 いよいよ運命を決める健診の日。

 深夜2時ごろ、夢にうなされて目が覚めました。なんだかお腹が痛い。生理痛のような、下腹部がキューッとする痛みです。

 この時点では前駆陣痛との区別がつきません。不規則な間隔でいずれ消えてしまうのが前駆陣痛、規則的な間隔でだんだん痛みが強くなっていくのが陣痛です。

 しばらく布団の中でじっとしながら、痛みの間隔を計ってみることにしました。

 一時間くらい様子を見てみたところ、間隔は6〜10分。そこまで規則的ではないですが痛みが収まる気配はありません。

 病院に電話してみると、「すぐにお産にはならないかもしれないけど、念のため来てください」とのこと。

 そのあとトイレに行くと、薄ピンクのおしるしも出ていました。


 やった! いよいよ生まれるんだ!


 待った時間が長かっただけに、この時は痛みよりも陣痛が来た喜びのほうが勝っていた乙島。

 平均時間どおりだと昼頃には生まれるかな? 夫は寝てるだろうけど、朝イチにLINE見て新幹線に乗れば間に合うかな? 陣痛、思ってたより痛くないしこの感じなら乗り越えられるかな?

 なんて久々にテンション上がりながら、母の車で病院に向かったのです。


 まさかこのあと36時間も陣痛と付き合うことになるとは知らずに……。



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