夜釣り

さいとう みさき

釣り上げたかったのは何だったのだろうか……


 「また一人で夜釣り? 気を付けて行ってきてね?」


 「ああ、分かってるさ。じゃあ行ってくるね」



 僕はそう言って玄関を出る。



 週末仕事に疲れている僕には楽しみが有った。

 僕の住んでいるアパートは自転車でもいけるくらい海が近い。


 毎日毎日遅くまで残業をさせられているけど、働き方改善とか言って今年のお盆辺りから土日だけは確実に休みになっている。



 おかげで趣味である釣りが出来るのは僥倖ぎょうこうだった。



 アパートを出ておんぼろだけどずっと使い続けている自転車に乗って近くの港まで行く。


 今の時期ならアジが釣れそうだ。

 もしかしたらカサゴなんかも釣れるかもしれない。


 ワクワクしながら港に着くと数人の先客がいた。

 ひゅん、ひゅんと竿を振っている音がする。

 

 僕はその様子を見てしばし考えこむ。  



 「うーん、今晩はどうも釣れていないようだな。どうしようかなぁ、結構釣り人も多いし……」



 そう言いながら堤防を見る。


 の関係で昔と違いその堤防は倍以上の高さになっている。

 そして外海には沢山のテトラポットが敷かれ、大波が来てもその衝撃を減少させようとしている。


 今晩は風も無い。

 耳を澄ましてみても波打つ音もそれほどではない。


 もう一度港内をちらっと見るけど、他の釣り人はやっぱり釣れていない様だ。



 「気をつけろって言われたけど、せっかくだしなぁ。よく死人が出るって言われてるけど、風もないし波もなさそうだからな…… 行って見るか、堤防の方に」



 僕はそう言って自転車を堤防の近くに止めて竿を出し、釣りの準備をする。

 リールを取り付け、細い輪っかの糸通しに糸をくぐらせ、疑似餌ぎじえであるジグヘッドにワームを取り付ける。

 

 すると小さなまるで白魚のような半透明でキラキラしたそれは今にも泳ぎ出しそうに見える。



 「さてと、準備は出来たから堤防に上ってっと……」



 堤防の上は港の様に外灯とか無いから頭に付けた照明と手に持った照明で足元を照らしながら進んでいく。



 夜空には雲が無く、星が瞬き三日月が登っていて完全な暗闇ではない。

 今日は穏やかな水平線の向こうが月の光でキラキラとしている。


 まるで僕が来るのを待っていたかの様に。




 「おおっ! これは予想以上に海が静かだ! これなら結構攻めた場所まで行けそうだな!!」



 夜釣りの釣り人あるあるだけど、やっぱり人の少ない場所が魚影ぎょえいい。

 そして条件の悪い場所はライバルも少なく穴場となる。


 但リスクもある。

 足場が悪かったり、外灯が無いから暗かったり、波が高いとさらわれる危険性だってある。




 それにこの港と堤防には変な噂もある。




 それは釣りに夢中になっているとここで亡くなった人に引っ張られて自分も帰らぬ人となってしまうと言う噂。



 まあ、何処にでもあるある的な怖い話。


 しかしそんなモノどこの港にだってある。

 何十年も港が有る場所では長い時間の中で不幸に見舞われる方の一人や二人は出るだろう。

  

 それにその噂も地元の漁業組合が流してるって聞いた事もある。


 釣り人が不幸になれば漁業組合だって警察に協力しなけらばならないし、釣り人のマナーが悪いと港も荒れる。

 特に夜間の面倒事を減らしたいとなればそんな変な噂だって流すかもしれない。



 「幽霊が怖くて釣りが出来るかって―の。さてと、着いた!」



 堤防の最先端。


 先端には小さな灯台が有ってわずかな光を点滅させている。

 陸地からは五百メートルは離れているかな?

 周りは真っ暗だけど、わずかな月明かりのお陰でうっすらといろいろが見える。


 それは海面だったり、水をかぶったテトラポットだったり。

 比較的平らな堤防の上から外海を見るとごつごつとしたテトラポットが有り、隙間からざざざぁ~っと波の音が聞こえる。



 「さてと、流石にテトラポットの上は危ないから湾内の方から攻めるか」



 ひゅんっ!



 僕は竿を振り早速釣りを始める。

 真っ暗な海面にぽちゃんと着水する音がする。


 実際には見えないから音のした方から足元までイメージでジグヘッドの疑似餌ぎじえを操作して弱々しい魚が泳いでいるのを演出する。


 小魚が群れから離れふよふよと泳いでいるのは格好の餌食えじきとなる。



 ぴくんっ!


 ぴくぴくっ!!



 「おっ! 当たりが来た!」



 しかしここで慌てず疑似餌ぎじえに完全に喰らいつくのを待つ。



 びくんっ!



 「よしっ!」



 更に大きな当たりを感じたらリールを巻きあげながらクイっと竿先を上げる。

 途端にびくんびくんと竿が振れて魚が引っ掛かったのを教えてくれる。



 この瞬間がたまらない。



 「よっしゃぁっ! 結構引くぞ!!」



 俗称アジングと言うアジをメインに狙う装備のこの竿は大きく弧を書き左右にびくびくと振れる。

 魚が針から外れないよに、ばらさない様に慎重に引き上げる。



 ぱしゃんっ!



 水しぶきをあげて釣り上げられた魚が堤防の上に持ち上げられる。



 びくん、びくん!


 ばたばたばたっ!



 釣り上げられた魚は狙った通りアジだった。

 なかなかの大きさで、元気に堤防の上ではねている。



 「よっし! なかなかの大きさだ!」



 早速懐からアジをはさむトングの様なものでそれをつかみ取る。

 親指と人差し指を広げて魚の横に持って行くと、大体同じくらいの大きさ。



 「うーん、親指と人差し指と同じくらいの大きさだから十五センチくらいか。なかなかだな。アジフライには出来そう。これは持ち帰りだな」



 ほとんどの成人は親指と人差し指を開くと大体十五センチくらいになる。

 ちなみに親指と小指だと二十センチくらい。

 メジャーとか引っ張り出すのが面倒な時によくやる、大きさの確認方法。



 折り畳み式のバケツに海水を入れてその魚を放り込む。

 最後は酸欠で死んじゃうけど、その辺に放置しておくと跳ね回ってまた海に逃げられてしまう事が有る。

 

 少なめに海水を入れてそこに放り込むと今のところは元気に泳いでいる。



 「さてと、それじゃあ次行きますか!」



 アジは群れを成しているから一匹釣れるとその周辺に同じくらいのが泳いでいる。

 たくさん釣れればなめろうやアジのたたきなんかも出来そうだ。


 僕は夢中になって竿を振るのだった。



 * * *



 「大漁大漁♪」



 堤防の上は大正解だった。

 あの後に爆釣ばくちょうが来て持ってきたバケツには十五センチ以上のアジがどんどんと溜まっていた。


 中には二十センチを超えるのもいて、持ち帰って酒のさかなにするのが楽しみなのもいる。



 「さてと、そろそろ最後の一振りと行きますか~」



 ひゅんっ!



 同じ所だけでなくいろいろな所も攻めてみて更に大物も狙う。

 風も無く、波も穏やかだったので湾内以外にも足を運んでいた。



 そう、夜釣りでは危ないテトラポットの上まで。



 夢中になって竿を操作しているといきなりそれはきた。



 ガツン!



 「ん? 根がかりでもしたかな?」


 こう言ったテトラポットや岩場なんかはたまに針がそう言ったモノに引っかかり動かなくなる。

 根がかりと言ってこうなってしまうとなかなか取れない。


 竿を左右に大きく振ってみたり、場所を移動して引っ張ってみたりとして根がかりを外そうと頑張ってみる。



 「でも、なんかおかしいな? 根がかりではなさそうだけど、魚でもない?」



 なかなか外れはしないものの、ゆっくりと糸が切れない様に引っ張ると寄ってくる感じがする。



 「海藻かな?」



 だとすればゆっくりと引っ張って来て針を外す事が出来る。

 僕はもう一段テトラポットの海面に近い所へと降りて行く。



 月明かりが淡くある夜の海。

 完全に見えない訳では無い水面みなも


 波が穏やかだから海面に近いテトラポットにまで行っても大丈夫のようだった。


 そして手繰たぐり寄せる海藻はいよいよ水面にその姿を現した。



 「ふう、昆布か何かかな? 結構大きいぞ……」



 そう、思って頭に着けていた照明を向ける。




 「ん? #$%&っ!!!!」




 水面の上がってきたそれはをしていた。


 

 暗い暗い水の底から僕の竿から伸びる糸はそれに繋がっている。

 力なくふわっと浮き上がってきたそれは女性の様に見える。





 「ま、まさか水死体!?」





 内心肝を冷やした。

 だって、こんな所で死体だなんて!!



 慌てて一瞬逃げ出そうかと思った僕の竿が引かれる。

 繋がった糸が引かれている。


 それはまるで僕をその場から逃がさない様に引っ張っている。



 途端に僕の脳裏にあの噂がよみがえる。




 ―― 釣りに夢中になっているとここで亡くなった人に引っ張られて自分も帰らぬ人となってしまう ――




 「ひっ!」



 思わず声が漏れる。

 しかし僕の竿はびくんびくんと海の方へ、その死体の方へと引かれる!!



 「う、うわぁあぁぁぁぁぁっ!」



 思わず叫び出し、海に引きずられない様に竿を大きく引き上げる!



 ざばっ!!



 途端に女の死体は水面から飛び出した!?



 「わぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」



 びしゃっ!


   

 それはテトラポットの上にのし上がって動かなくなる。

 一目散に逃げだそうとするもまだ糸がその死体に引っ張られ、逃げられない!?




 が、その死体はテトラポットの上に上がったままずっと動かなかった。



 

 ずっと……




 しばしの沈黙。


 波の音だけが聞こえる時間。

 いや、僕の心臓のドキドキとする音も聞こえてくるようだ。


 しかしそれっきり。


 テトラポットに上がって来た女の死体はそれっきり動かない。


 僕は恐る恐るその死体に照明を当ててみる。



 「あ、あれ?」



 それはよくよく見れば死体などでは無く、だった。

 海底で絡み合って僕の針に引っかかって浮き上がって来たのだろう。

 

 思い切り大きな息を吐き、そしてその近くまで行って見る。

 

 糸を手繰り寄せ、ビニールに引っかかっているジグヘッドを回収する。

 ビニールゴミの黄色い色に海藻の揺らめきで死体に見えるなんて、あの噂のせいで先入観がまさった結果だった。



 「はぁ、帰ろ……」



 僕は釣り上げた魚の入ったバケツを持って自転車に向かう。

 その頃には他の釣り人もだいぶ減っていたが、見た限りやはりあまり釣れてはいなかった様だ。


 怖い思いをしたけど、ここはいつも通りだった。



 僕はそんな風景を見ながら自宅のアパートへと戻るのだった。



 * * * * *



 「ただいまぁ~」



 玄関に入り、電気をつける。

 

 「今日は大漁だったよ、ほら見てこんなに沢山のアジが釣れたよ」




 誰もいない台所に向かって僕はそう言う。

 



 「アジフライ、君好きだったよね? 僕がさばくから一緒にフライにして食べようね!」


 僕は誰もいないその台所に向かってそう言う。




 ことっ。




 奥の部屋に置いてあった彼女の写真たてが倒れた様だ。


 あの災害で津波に飲まれ、未だの写真たてが……

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜釣り さいとう みさき @saitoumisaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ