書くのを断念した話

@sa5uma

小説を書くのを断念した話(一話完結)

私が大学1年生になって最初の春休みに経験した話。

当時、狭い1部屋が与えられる学生寮に一人暮らしをしていたのであった。

なお、寮の建物自体は大きい。山のふもとにあり、約150人ぐらいの学生は住んでいたと思う。その寮で体験した話。


私はホラー小説を読むのが趣味で春休みという膨大な時間と一人暮らしなのをいいことに時間を忘れて読書をしていた。


この日も、朝から晩までホラー小説を読んでいて、ある一冊の本を読み終えた時に巻末に載っている広告の「募集」の文字が目に入った。

ホラー小説投稿の募集。選ばれれば賞金と単行本の販売。締切は春休み終了間際。文字数は10万文字から20万文字程度だったか、最早記憶は曖昧だ。


友達は皆帰省しており、当時、勤務していた結婚式場のアルバイトもそれほどシフトを入れていなかったため、春休みの思い出づくり程度に投稿しようと考えた。

10分程度考えた結果、身近な話を何本か創作し、短編集にすることにした。

早速、話を考えようと適当なノートを引っ張りだしてきて、机に向かった。時間は深夜1時半、なぜか時間は明確に覚えている。


短編集1話目、心霊スポットに遊びに行った若い男女のグループが恐怖体験をするという、あまりにありきたりな話を考え、ノートに文章をダラダラと書いていた。

どれくらい時間が経っただろうか、1話目の物語が後半にさしかかった時である。


カン、カン、カン...

金属製の鍋を叩くような音が聞こえてきた。

隣の部屋だろうか、まあ、別に気にはしない。

再び、机に向かってあーでもない、こーでもないと頭を抱えつつ、ペンを走らせているとまた、聞こえる...

カン、カン、カン


私の部屋は角部屋ではなく、部屋と部屋に挟まれる位置にある。

だから、当然考えた。隣部屋の先輩が料理か皿洗いでもしているのだろうか。かなり遅い時間だが...

いや、それはない。

隣の部屋に住んでいる先輩とは仲良しで、昨日先輩が言っていた。

『遠距離恋愛中の彼女と記念日だから旅行に行ってくる』

先輩がキャリーバックを持って外に出るのも、朝みかけたし間違いない。


じゃあ、もう一方の...いや、絶対に考えたくない。

というより、忘れていたのに思い出してしまった。しかも、こんな時に思い出したくなかった。


もう片方の部屋は空き部屋だ。私が入寮する前から。

人は住んでいたが、住人は私が入寮する数か月前に自ら命を絶っていた。

入寮して1か月経たないときに、先輩からその話を聞いた。

だから、もう片方の部屋には今、誰も住んでいない。


必死に考えた。ラップ音みたいなものだと。

ラップ音は科学的に証明されている。それにオカルト好きな私だが、これまで1回も心霊現象に遭遇なんてしたことない。だから、この音には明確な理由があって聞こえるものだ。あるいは恐怖心から幻聴として聞こえるだけかもしれないと。


だから、こんなことで書くのは辞めない。

小説を書いていることは誰にも言ってないし、今後も言うつもりはないが、こんなことで書くのを辞めるのは恥ずかしすぎる。


机に三度向かい、続きを書き始めるとまた聞こえる。

カン、カン...カン、カン


気にしない。絶対にやめない。

少し回りを見るも、特に変わったことはない。

ペンを握る。書く。

カン...カン、カン、カン

2月のことなのに、嫌な汗が額から出てくる。

でも諦めない。ペンを強く握る。文字が汚くなってきている。

カン、カン、カン、カン、カン

次第に音が大きくなっている気がする...


気が付いてしまった。

いや、正確にはすでに気が付いていたが、認めたくなかっただけだ。

どちらかの部屋から聞こえてきてたはずの音が、今は確実に自分の部屋の中で聞こえている。音が大きく聞こえるのは無理もない。


そして、もう2つ気が付いたことがある。

1つはモールス信号のように何かしらのリズムがあるようだ。

もう1つは小説を書いているときに音がなる。

手を止めている間は絶対に音がならない。

これ以上、書き続けると私はどうなるのか...


ただ、この体験も短編集の1つになるのでは、そう考えた、

突然、勇気が満ち溢れた。絶対に大丈夫だ、明確な根拠はないが。

ただ少し、休憩しよう。カフェオレでも飲むかと、広い机の上におきっぱにしている電気ケトルを手に持ち、水を入れようとキッチンを見た時...


......


学生寮で狭い部屋だから、机とキッチンの距離は3メートルもない。そして、キッチンの先は共用の廊下だ。

なお、結論から言うと何も見えなかった。

ただ、キッチンが電気を付けているはずなのにやけに暗く感じる。

そして、扉の先に人の気配を感じる。しかも、扉ごしにこっちを見ている感じがする。もしかしたら飲み会帰りの他の住人かもしれない、と自分に言い聞かせる。

開けてみたい気持ちもあったが、そのドアを絶対に開けるな、そもそも今はキッチンに近づくなとも本能が言っている。


もうさすがに自分はここまでと感じた。

............やっぱり、今日は寝よう。


これ以上は小説を書けなかった。

小説を書いたノートをゴミ袋に入れてから寝た。




(後日談)

その後は特になにもない。

ただ、2つ話がある。

私の隣の部屋(先輩が住んでいた部屋じゃない方)は結局4年間誰も住人が入らなかった(当然ともいえるが)


もう一つは、大学4年の10月ぐらいのとき、小説は読まなくなり、よく飲み屋に遅い時間までいた。そして、よく行く飲み屋で私と同じ寮に住んでいた人とたまたま知り合った。年は私よりも7つぐらい上だ。

その人は学生時代、祖母が霊媒師を営んでいる友達がいたそうだ。その友達を寮に連れていったとき、その友達は寮について開口一番に言ったそうだ。

「ここ、たくさんいるね。何がとは言わないけど」


....ああ、その話は卒業して寮を出てから聞きたかった。

私、今日もそこに帰るんですけど


















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