エピローグ
第119話 大艦巨砲の連合艦隊
その造船所は普段とは違って大勢の紳士や淑女といったやんごとなき来賓によって埋め尽くされていた。
それら来場者たちはその誰もが華々しいセレモニーよりも眼前にある巨艦に目を奪われている。
「ユナイテッド・ステーツ」
全長は三三〇メートルを超え、排水量は六五〇〇〇トンにも達する。
ジェット機の大型化と将来における核兵器の運用を強く意識した超巨大空母だ。
従来の「エセックス」級空母とは一線を画す戦力を持った同艦は、戦時中に起工されたものの、結局のところ戦争には間に合わなかった。
「こいつがあればなあ。いや、違うか。『モンタナ』級戦艦よりも『エセックス』級空母を優先して造っておけば合衆国海軍はジャップに後れを取ることはなかった。つまりは、そういうことだ」
戦争が終わってほどなく、男は自ら望んで軍を退いた。
戦時中の勲功が評価され、元帥の地位をもらった。
だがしかし、そのことは何の慰めにもならなかった。
男としては日本艦隊とのリベンジマッチの機会を与えてもらうのがなによりの褒賞だったが、しかしそれがかなわぬ夢であることも理解している。
「合衆国は日本に勝ったが、合衆国海軍は日本海軍に負けた」
それが歴史家の評価だ。
無理もない。
戦争が終わるまでに合衆国海軍は一四隻の旧式戦艦とさらに一七隻もの新型戦艦を日本海軍の手によって撃沈された。
さらに「アラスカ」ならびに「グアム」という大型巡洋艦に類別された実質的な巡洋戦艦も失っている。
空母と潜水艦に関しては合衆国のほうが撃沈スコアで上回っている。
しかし、巡洋艦ならびに駆逐艦については戦艦と同様、日本側に大きく負け越していた。
厳しい評価の一方で、合衆国海軍もまた一応は日本の戦艦を一七隻撃沈している。
そのうち一〇隻の旧式戦艦は堂々たる砲雷撃戦で沈めたから、これはまだいい。
納得できないのは七隻の「大和」型戦艦の始末だった。
今思い出しても胸糞が悪くなる。
たった二機のB29から投下された新型爆弾によって七隻の「大和」型戦艦と六隻の護衛艦艇はそのすべてが熱と炎に巻かれた。
ただ、被爆によって沈没したのはそれぞれ三隻の巡洋艦と駆逐艦だけで、七隻の「大和」型戦艦は微塵も沈む気配を見せていなかった。
しかし、一方で艦上構造物のダメージは大きく、通信アンテナやレーダー、それに射撃照準装置が使い物にならなくなっていることは一目瞭然だった。
また、被爆当時、機銃員をはじめ艦外にいた者はそのほとんどが戦死するかあるいは戦闘行動が不能になるほどの重傷を負ったという。
いずれにせよ、新型爆弾によって七隻の「大和」型戦艦はただ洋上に浮いているだけの巨大なオブジェに堕してしまった。
後は護衛空母を発進したTBFアベンジャー雷撃機が演習のような気安さで魚雷を撃ち込み「大和」型戦艦の脚を奪った。
F6Fヘルキャット戦闘機もまた「大和」型戦艦に爆弾や銃弾を散々に浴びせてまわり、中には雷撃を試みたものまであったそうだ。
そして、遅れて当該海域にやってきた友軍駆逐艦がそれこそ死体に鞭を打つかのようにして七隻の巨大戦艦を魚雷で串刺しにしていった。
その様子は某映画監督によって撮影され、プロパガンダ戦において絶大な効果を発揮したという。
男は「ユナイテッド・ステーツ」に目をやりつつ戦前あるいは戦時中の合衆国海軍、それに日本海軍の戦備に思いをはせている。
合衆国海軍の戦備は基本的には大艦巨砲主義のドクトリンに沿ったものではあったものの、それでも空母や巡洋艦、それに駆逐艦や潜水艦の建造にも力を入れたバランス型海軍だったと言える。
だが、一方の日本海軍は違った。
連中は戦艦ばかりに注力していた。
こちらが軍縮条約明け後に「ホーネット」と「エセックス」級空母を合わせて一二隻も発注していることを承知していたのにもかかわらず、ただの一隻の正規空母すらも造ろうとはしなかった。
巡洋艦も「香取」型という練習巡洋艦を除けば「利根」型が最後だという。
つまり、日本海軍は軍縮条約に縛られている間こそ空母や巡洋艦を造っていたが、しかし無条約時代になってからは「大和」型戦艦以外に大型艦はおろか中型艦すらも建造していなかったのだ。
あまりにも極端過ぎる。
だが、そんな連中に合衆国海軍は最後まで勝つことが出来なかった。
その原因がどこにあったのか、男には理解出来ない。
日本海軍の強さの源泉を「大和」型戦艦に求める者も多いが、海軍戦備や海軍戦略はそんな単純なものではない。
男は死ぬまでにその理由を知りたいと願う一方で、おそらく真実にたどり着くことは無いだろうという確信もまた抱いている。
「大艦巨砲の連合艦隊、か」
男がボソリとつぶやく。
その言葉が何を意味するのか、理解出来た者はいなかった。
(完)
事前に日本の敗北を予告してなお作品にお付き合いいただいた皆様に感謝申し上げます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
大艦巨砲の連合艦隊 蒼 飛雲 @souhiun
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