突然ですが、開腹を伴う手術を実施しなければならない状況に陥ってしまいました。
なので、しばらくの間「札束艦隊」の更新が滞ります。
術後の経過が順調であれば、来週半ば頃には退院できますので、更新再開はそのタイミングとなります
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、ご理解を賜りますようお願い申し上げます。
あと、入院中はこれといってやることが無いので、妄想(ネタ練り)にふける予定です(アイデア募集中!)。
入院中の妄想予定ネタ(一例)
「殲滅航進 大淀捜査網」
史実より前倒しで建造(「日進」とチェンジ)された「大淀」が真珠湾攻撃に参加。その際に「エンタープライズ」を含む米機動部隊を発見、歴史の歯車が少しずつ狂っていく。
「閃光の香取 1944緊張の夏」
艦後方の武装を撤去、代わりに航空艤装を充実させた「香取」が米機や米潜水艦と死闘を繰り広げる。
「改造空母機動艦隊」
貧乏な帝国海軍は高価な正規空母の建造を抑制、その代わりに安上がりの改造空母をどっさりつくって米海軍と対峙する。
「誤謬戦艦『大和』」(少し書いてみた)
「合衆国海軍は60000トン級戦艦を計画せり」
米国駐在武官からもたらされた情報は帝国海軍に激震をもたらす。
新型戦艦の質的アドバンテージを失ったと判断した帝国海軍はその設計を大幅に変更、64000トンで建造されるはずだった「大和」はさらなる巨艦として誕生する。
第1話 新型戦艦
海軍列強はロンドン海軍軍縮条約の失効を見据え、すでに動き出していた。
もちろん、帝国海軍もまたその例外ではない。
組織の全力を挙げて新型戦艦をはじめとした新鋭艦の設計を推し進めている。
その帝国海軍の軍備計画は、関係者の間ではマル三計画と呼称されていた。
同計画において新型戦艦は二隻の調達が予定されていた。
建造されるはずの新型戦艦の設計案は実に二〇以上にも及んだ。
その中でも特にA140-F案が有力視されていた。
同案は三連装砲塔を前部に二基、後部に一基搭載するもので、その主砲口径は四六センチという巨大なものだった。
新型戦艦の設計が進む中、しかしそこへ米国の駐在武官より衝撃のニュースがもたらされる。
米国が新たに二種類の新型戦艦の整備を計画しているというのだ。
しかも、そのうちの一つは四五〇〇〇トンの船体に九門の四〇センチ砲を搭載したもので、三三ノットという破格の高速性能を備えているという。
残る一つは六〇〇〇〇トンの船体に一二門の四〇センチ砲を装備するというまさにヘビー級の戦艦だった。
帝国海軍としても米国が四五〇〇〇トン程度の戦艦を建造することは織り込み済みだった。
四五〇〇〇トン級戦艦であれば、パナマ運河の通航はこれが可能だからだ。
しかし六〇〇〇〇トン級戦艦であればそうはいかない。
それほどの巨艦であれば、全幅三三メートル以内というパナマ運河の通航要件をクリアすることなどまず不可能だからだ。
あるいは、六〇〇〇〇トン級戦艦の建造は、つまりは米海軍がパナマックス政策を放棄したとも言えた。
この重大情報に対する帝国海軍の動きは迅速だった。
海軍大臣と軍令部総長ならびに連合艦隊司令長官の海軍三顕職、それに艦政本部長を加えた重鎮らがただちに会合を持ったのだ。
「米国が六〇〇〇〇トン級の戦艦を計画しているとのことだが、しかしこの情報は真なのか」
軍令部総長の伏見宮元帥が海軍大臣の永野修身大将を見据え、端的に問いかける。
軍政や人事に関する職掌その権限は海軍省にある。
「米国には特に優秀な者を武官として送り込んでおりますから、確度は高いものと思われます」
永野大臣自身は確信こそ持てないものの、しかしみだりに部下を疑うわけにもいかない立場だ。
海軍大臣の言葉は当事者だけでなく組織全体にも大きな影響を及ぼす。
情報を否定する根拠が無い以上、トップの責任者としてはこう答えざるを得なかった。
「仮に六〇〇〇〇トン級戦艦を米海軍が建造するとして、我が方の新型戦艦との力関係はどのようなものになるか」
今度は艦政本部長の中村良三大将に視線を向け、伏見宮総長が問いを重ねる。
「こちらが計画している新型戦艦は六四〇〇〇トンで四六センチ砲を九門装備しています。一方で米側は同じく六〇〇〇〇トン級で四〇センチ砲が一二門。これを現行の戦艦に当てはめるとすれば、英国の『ネルソン』級と米国の『テネシー』級がこれと似たような関係だと言えるでしょう」
「ネルソン」級戦艦は四〇センチ砲を九門、「テネシー」級戦艦は長砲身の三六センチ砲を一二門装備する。
基準排水量の比較で言えば、「ネルソン」級のほうがわずかに大きいから、帝国海軍の新型戦艦と米国の六〇〇〇〇トン級戦艦の関係とほぼ合致している。
「仮に艦政本部長の言う通りだとして、『ネルソン』級戦艦と『テネシー』級戦艦が戦えばどうなる」
中村本部長から、今度は連合艦隊司令長官の高橋三吉大将に視線を移した伏見宮総長が興味の色を滲ませながら問いかける。
「ふつうに戦えば四〇センチ砲を搭載した『ネルソン』級のほうが有利だと言えます。しかし、その差はわずかでしかないでしょう。指揮官の能力や将兵の練度、それに射撃照準装置の優劣でその力関係は容易に覆ります」
高橋長官の言葉に伏見宮総長のみならず、永野大臣や中村本部長も黙り込む。
帝国海軍の新型戦艦は数に勝る米戦艦をその圧倒的な戦力、つまりは質で補うことがそのコンセプトのはずだった。
しかし、高橋長官によれば、米国の六〇〇〇〇トン級戦艦はこちらの新型戦艦に迫る戦闘力を持つという。
このままでは、帝国海軍の新型戦艦は米新型戦艦に対して大きなアドバンテージを持つこともなく、逆に米軍の数の暴力の渦にたちまちのうちに飲み込まれてしまうだろう。
「打開策はあるか」
伏見宮総長が高橋長官に向けて短い問いを発する。
「方法は二つ。こちらも数を揃えるか、あるいは個艦の性能を引き上げるかのいずれかです」
高橋長官から返ってきた言葉はいたって常識的なものだった。
ここで、伏見宮総長は少しばかり考える。
兵力量の決定権、つまりは軍備は軍令部のマターだ。
そして、伏見宮総長はその軍令部のトップでもある。
これは、伏見宮総長自身が責任を持って考えるべきことなのだ。
「日本の国力を考えれば、米軍並みに数を揃えることは不可能だ。そうなれば個艦の性能を引き上げるしかないが、それは可能か」
伏見宮総長はすがるような思いで中村本部長に向き直る。
「四六センチ砲を超える大口径砲はまだ完成しておりません。そうなれば、門数を増やすことになります。新型戦艦の主砲塔を一基増やし、九門から一二門にするのが至当あるいは現実的と考えます」
中村本部長の提案を受け、伏見宮総長は新型戦艦の模型を思い起こす。
そして、一基ある後部砲塔を二基に増やす。
脳内に描かれたイメージは悪くない。
しかし、一方ですぐに問題があることに思い至る。
A140-F案はその全長が二六〇メートルを超える。
これに、四六センチ三連装砲塔をそのまま追加すれば、おそらく三〇〇メートル近くに達するだろう。
そうなれば、建造費は爆上がりし、他の建艦計画に悪影響を及ぼしてしまう。
「仮に主砲塔を一基増やすとして、なんとか全長を二八〇メートル程度、それに排水量を七〇〇〇〇トン台に収めることはできんか」
懇願するような伏見宮総長に、しかし中村本部長は言葉を飾らない。
「不可能です。艦の中心線上に四基の主砲塔と二基の副砲塔を装備すれば、どうしても三〇〇メートル近い全長が必要となります。もし、短くしたいのであれば、艦の中心線上にある二基の副砲塔を撤去することです。そうすれば最低でも一〇メートル、うまくいけば二〇メートル程度は短くすることが出来るでしょう。そしてそれは、大幅な排水量の低減にもつながります」
中村本部長の説明を受け、伏見宮総長は永野大臣それに高橋長官に意見を求める。
「帝国海軍の予算に責任を持つ海軍大臣としては、新型戦艦はこれを極力コンパクトにしていただいたほうが助かります。予算を必要としているのはなにも戦艦だけではありませんので」
「副砲は無くても構わないのではありませんか。そもそも、A140-F案の戦艦は片舷に指向できる副砲は一五・五センチ砲のそれが九門のみです。しかし、これは『最上』型巡洋艦の六割にしか過ぎません。この程度の火力では敵の補助艦艇に対してたいした抑止力にはなり得ないでしょう。むしろ副砲などは搭載せずに高角砲を増載してその発達が著しい経空脅威に備えるべきだと考えます」
永野大臣それに高橋長官の意見に、伏見宮総長は副砲撤去の方針を固める。
あれもこれも欲しがっていては、艦体は肥大化する一方だ。
逆に言えば、艦体をコンパクト化するには何かを削るしかない。
「副砲はこれを諦めるしかなさそうだな。それよりも設計のほうが一からとなるが、それは大丈夫か」
伏見宮総長がその懸念の表情を中村本部長に向ける。
「問題はありません。新型戦艦の設計案には連装砲塔と三連装砲塔をそれぞれ二基、つまりは合わせて四基搭載するものがありました。これを流用すれば、さほど時間をかけずに纏め上げることができるでしょう」
第2話 マル三計画
「新型戦艦はその主砲塔を一基増載するとして、造修施設のほうはどうなる。一番艦を建造する予定の呉の船渠は問題無いだろう。しかし、二番艦を担当する長崎の民間造船所は果たしてそれが可能か」
呉海軍工廠の船渠は新型戦艦を建造するために拡張工事が成されていた。
同船渠は長さが三一四メートル、幅が四五メートルあるから新型戦艦の建造はどうにか可能だ。
しかし、長崎の民間造船所はどこまで大きな艦を建造出来るか伏見宮総長には分からない。
だから、中村本部長に確認する。
「おそらく無理でしょう。長崎の民間造船所はどう頑張っても六〇〇〇〇トン級が精いっぱいで、七〇〇〇〇トンを大きく超える艦の建造は仮に施設を拡張したとしても対応できないものと思われます」
あっさりとダメ出しをする中村本部長に、伏見宮総長はわずかばかり落胆の色を見せながら、一方で高橋長官にその視線を向ける。
無言で何か良案はないかと催促しているのだ。
「方法は二つ考えられます。一つは超大型戦艦を呉で建造し、長崎のほうは従来の六四〇〇〇トン級戦艦を建造する。もう一つは呉で超大型戦艦を建造し、残る一隻のほうはマル四計画に先送りすることです。用兵側としましては、艦型の違う艦よりも同型艦を揃えていただく方がありがたいことは言うまでもありませんが」
マル三計画時点では超大型戦艦を建造出来るのは呉の船渠のみだが、しかしマル四計画時点では少しばかり話が違ってくる。
現在、帝国海軍は横須賀と佐世保に大型船渠の造成を計画中であり、これらはいずれも三〇〇メートルを超える大きさを持つから超大型戦艦の建造が可能だ。
そして、これら二つの船渠は工事が順調に進めば昭和一五年に完成する予定だった。
そして、その頃には呉で建造予定の超大型戦艦も進水を果たしているから、マル四計画で三隻の超大型戦艦の同時建造が可能となる。
伏見宮総長は高橋長官の提言を吟味する。
高橋長官の最初の提案であれば、昭和一七年に超大型戦艦とそれに六四〇〇〇トン級の大型戦艦の二隻を連合艦隊の編成に加えることが出来る。
そして、昭和二〇年にはさらに二隻の超大型戦艦が増勢される。
一方、別の提案のほうであれば昭和一七年に一隻の超大型戦艦、そして昭和二〇年にさらに三隻の超大型戦艦が追加される。
短期的に見れば前者、長い目で見れば後者にそのメリットを見出すことが出来る。
しかし、六四〇〇〇トン級戦艦のほうは米国の六〇〇〇〇トン級戦艦に比べてそれほど大きなアドバンテージを持つには至らないことがはっきりしている。
(数を揃えられないからこそ、中途半端は許されぬ)
そう考えた伏見宮元帥は永野大臣に向き直り、予算措置について見解を求める。
超大型戦艦を、しかも一度に三隻も建造するのであれば、その金額はべらぼうなものになるはずだ。
「総長が懸念される通り、このままではマル四計画の予算はかなりの程度膨れ上がることは間違いありません。一方で、マル三計画で戦艦を一隻しか建造しないというのであれば、こちらはかなり余裕が出来ます。
ですので、マル四計画では戦艦に予算と資材を集中し、逆に同計画に盛り込まれるはずの空母や巡洋艦といった他の艦艇についてはその一部をマル三計画に前倒しするのが至当かと存じます。それと、議会対策の面からマル三計画それにマル四計画はともに戦艦はこれを二隻ずつ建造するという形に収めたいと考えております」
永野大臣の言葉を受け、伏見宮総長は高橋長官それから中村本部長に視線を向ける。
二人の同意の首肯を確認すると同時に、伏見宮総長は中村本部長に超大型戦艦建造に伴う艦政本部長としての所感を尋ねる。
「我が国には大型艦が建造可能な施設として呉海軍工廠と横須賀海軍工廠、それに神戸ならびに長崎の民間造船所の合わせて四カ所があります。このうち呉は超大型戦艦、残る三カ所については空母を建造させるのが妥当でしょう。せっかくの大型造修施設を巡洋艦や駆逐艦の建造にあてるのはあまりにももったいない。それと神戸と長崎の民間造船所に空母建造という大型案件を与えることについてですが、こちらは造船会社の社員をはじめとした関係者の雇用確保という側面を持ちます」
それから、と言葉を継いで中村本部長が話を続ける。
「呉で超大型戦艦を建造する際には、横須賀ならびに佐世保から将来戦艦の建造に携わることになるであろう技術者や造船工を同地に派遣することを考えております。彼らを活用すれば、昼夜二交代による工事が可能になる。そうなれば、超大型戦艦の工期もかなりの程度その短縮が見込めます。うまくいけば昭和一六年内の戦力化も夢ではないでしょう。それと、呉で経験を積んだ者たちが横須賀や佐世保に戻った際には、間違いなく大きな力となってくれるはずです」
マル三計画において、永野大臣はおもに予算面から、中村本部長は造修施設や人材面から戦艦一隻それに空母三隻の建造を推している。
そして、高橋長官のほうは戦艦の艦型の統一を望んでいる。
それぞれ思惑は違えども、しかし三人の海軍トップの足並みが揃っているのだから、伏見宮総長としてもこれを軽んじることは出来ない。
「分かった。マル三計画は超大型戦艦を一隻、それに空母を三隻建造することで進めることとしよう。そして、マル四計画では超大型戦艦に注力、これを三隻建造するものとする」
宮様と呼ばれる、帝国海軍内における最高権力者である伏見宮総長が決断した。
もちろん、この決定を覆せるものは帝国海軍には誰一人としていない。
それと、米国の六〇〇〇〇トン級戦艦建造の情報が誤りであることに気づいた者もまた、この時点では誰一人としていなかった。
第3話 回帰不能点
「米国が軍縮条約明けを待って六〇〇〇〇トン級戦艦の建造に着手する」
このことが誤情報だと分かった時には、マル三計画はすでに回帰不能点を越えていた。
その後の調べで米国は複数の三五〇〇〇トン級戦艦ならびに四五〇〇〇トン級戦艦の整備を進めていることが判明した。
このうち三五〇〇〇トン級戦艦は昭和一六年乃至一七年、四五〇〇〇トン級戦艦のほうは昭和一八年から二〇年にかけて完成する見込みだということも分かっている。
軍縮条約明け後の戦備に決定的とも言える影響を与えた誤情報とそれに伴う一連の騒動は俗に海軍甲事件と呼ばれていた。
当然のことながら、この件については程度の差こそあれ大勢の関係者が処分されている。
一方で、この一件は帝国海軍の情報に対する意識を一八〇度転換させた。
平時でさえたった一つの誤った情報によって組織が甚大なダメージを被ることがあるのだ。
もし、戦時に情報の錯誤あるいは誤謬があれば、それは将兵の血によって贖われることになる。
だから、これまで戦略や戦術を重視する一方で情報や通信を軽視、もっと言えばないがしろにしてきた海軍上層部のエリートたちはその姿勢を一変させ、情報収集やその分析にその情熱を傾けていった。
もちろん、それは誤情報の当事者にはなりたくないということが一番の動機だ。
もしそうなれば、完全に出世の道を閉ざされてしまう。
一方、その情報という新しいトレンドに乗っかって、手っ取り早く実績あるいは手柄を挙げようと考える士官たちも大勢出てくる。
機に乗じるのは官僚の十八番だ。
海軍士官もまたその例に漏れない。
彼らの多くが英国とそれにドイツがしのぎを削る欧州大戦を情報収集の草刈り場に選んでいた。
彼らはそれこそ貪るようにして同盟国のドイツからあらゆる知見を取り込んでいった。
その中にはレーダーやソナーをはじめとした各種技術や、あるいはそのレーダーを活用した早期警戒態勢の構築ならびに航空管制、それに二機を最小戦闘単位とした四機一個小隊のシュヴァルムといった戦術も含まれている。
そのような状況の中、呉海軍工廠で一隻の艨艟が産声を上げる。
超弩級戦艦「大和」。
全長二八三・五メートル、全幅四〇・五メートル、基準排水量七八〇〇〇トンの船体に四六センチ三連装砲塔を四基搭載する世界最大の軍艦だ。
建造に際しては徹底した機密管理が行われ、それは完成した今も同様だ。
これまで、連合艦隊旗艦は最新最強の戦艦がその任にあたることが帝国海軍の伝統だった。
しかし、連合艦隊旗艦ともなれば平時でさえ大量の通信のやりとりが必要となる。
そうなれば、いやでも外国からの耳目を集めてしまう。
このため、連合艦隊司令部は「大和」ではなく日吉にその拠を移すこととした。
関東圏に海軍省と軍令部、それに連合艦隊司令部を集中させることで、本来であれば呉の「大和」に注がれるはずだった間諜の目を東に向けさせることがその目的だった。
その「大和」は一五〇〇〇〇馬力のエンジンを搭載している。
排水量の割に馬力は小さめだが、しかし長大な船体と新しく採用された球状艦首の効果もあって二七ノットの速力を維持していた。
それと、「大和」はこれまでの戦艦と違って副砲は装備していない。
ただでさえ巨大な艦型の、そのさらなる肥大化を抑えるためだ。
その代わりに左右両舷にそれぞれ一二・七センチ連装高角砲を六基装備している。
「大和」が七八〇〇〇トンという巨艦でありながらそれでも昭和一六年八月一五日に完成したのは、工事着手時期が早かったことと、それに横須賀や佐世保から多くの技術者や造船工の応援を得たことが大きかった。
この措置によって、工期のうちのかなりの部分を昼夜二交代で作業することが可能となったからだ。
もし仮に呉の要員だけで工事を進めていたとしたら、最低でもあと数カ月は完成が遅れていたことだろう。
そして現在、呉に応援に行った者たちは本来の場所に戻り、「大和」型戦艦の二番艦あるいは三番艦の建造に携わっている。
その「大和」と時を同じくして三隻の大型艦が竣工あるいは就役を開始していた。
「翔鶴」と「瑞鶴」それに「雲鶴」の三隻の「翔鶴」型空母だ。
「翔鶴」型空母は基準排水量二五七〇〇トン、運用される艦上機は常用七二機に補用一二機で、帝国海軍の空母の中でも「加賀」と並んで最大級の搭載能力を誇る。
(「大和」など造らずに、「翔鶴」型空母をあと二隻造ってくれていたら帝国海軍の洋上航空戦力も盤石だったというのに)
日吉の連合艦隊司令部、その長官室で山本大将はこのところ恒例となっている胸中ボヤキに興じる。
ある意味におけるストレス発散だ。
(それでも物は考えようだ。帝国海軍に大騒動を巻き起こした世紀の大誤報も、しかし結果だけを見ればある意味ラッキーだったとも言える。本来であれば手元にある「翔鶴」型空母は二隻だけだったはずなのが、しかしこれが三隻に増えたのだからな)
対米戦が現実の危機として認識され、さらに事情をよく知る者たちはもはやそれが避けることが出来ないということも理解している。
山本長官もまたその一人だ。
(しかし、レーダーという新兵器への理解の深まりと、それになにより「大和」の存在で真珠湾奇襲攻撃がお流れになったのは計算外だった)
このままでいけば、米国との戦争は年末か年明けになる。
そして、その時期であれば「大和」は慣熟訓練を終えて参陣することがかなう。
もちろん、本来であれば「大和」ほどの巨艦なら半年程度は訓練に充てたいところだ。
しかし、差し迫った時局がそれを許さない。
それでも四カ月乃至五カ月あれば、帝国海軍でも選りすぐりの将兵なら「大和」を十分に扱えるようになっているはずだ。
そして、帝国海軍はその「大和」を使って西進してくる太平洋艦隊を迎え撃つ方針を固めている。
「大和」が十全にその戦力を発揮することがかなえば、太平洋艦隊の戦艦群などなにほどのものでもない。
それと、オアフ島には間違いなくレーダーが配備されているから、艦上機による奇襲攻撃とその成功はまず望めない。
十中八九強襲となるはずだ。
それゆえに、投機的で危険極まりない真珠湾攻撃の許可が下りるはずもなかった。
(真珠湾攻撃が認められなかったことは残念だが、しかし第二航空艦隊を編成出来たことは重畳だ。一個艦隊の中に七隻もの空母を集中させるのは、鉄砲屋や水雷屋から見てもさすがに無理があると思えたのだろう)
昭和一六年四月一〇日に編組された第一航空艦隊は「赤城」と「加賀」それに「蒼龍」と「飛龍」を基幹戦力としていたが、ここに三隻の「翔鶴」型空母を加えると七隻になる。
しかし、この数だと艦隊運動の制約が大きく、そのことでかなり運用が窮屈になる。
そこで、帝国海軍は第二航空艦隊を新編、三隻の「翔鶴」型空母をここに配備したのだ。
もちろん、艦隊を二つにしたことで一個艦隊に割り当てられる護衛艦艇の数は減少してしまうが、しかしそこは割り切るしかなかった。
(三隻の「翔鶴」型空母の参入で帝国海軍の正規空母は七隻となり、米海軍と肩を並べるところにまでその戦力を向上させることがかなった。そのうえ、米海軍のほうはそれら空母を太平洋と大西洋に分散配備しているからこちらの有利は動かない)
彼我の戦力見積もりとその配備状況をエビデンスに山本長官は自身を鼓舞する。
決して山本長官自身は戦争を望むものではない。
しかし、それでも一個人の力ではどうしようもなく、今となっては戦争への大きな流れに身を任せるしかない。
その山本長官率いる連合艦隊とそして宿敵である太平洋艦隊との激突はもはや決定事項だ。
残る問題は、それがいつになるかということだけだった。
第4話 キンメル長官
一二月七日に始まった日本との戦争は、しかし太平洋艦隊司令長官のキンメル大将にとって悪い意味で予想の斜め上を行くものだった。
開戦劈頭、フィリピンに展開していた米陸軍航空軍は日本軍機の空爆によって戦力の過半を喪失してしまった。
さらにその翌々日にはマレー沖で英国の最新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」ならびに巡洋戦艦「レパルス」が日本の陸上攻撃機によって撃沈されるという信じられないことまで起こっている。
相次ぐ友軍苦戦の報に、太平洋艦隊は出撃準備を加速させていた。
整備中の戦艦「ペンシルバニア」の出渠を繰り上げ、同じく本土で整備中の空母「サラトガ」ならびに航空機輸送の任にあたっている空母「レキシントン」に対して太平洋艦隊主力への合流を急ぐよう通達している。
「日本軍の動きはどうなっている」
報告書から目線を上げ、キンメル長官は前に立つ情報参謀のレイトン中佐に・・・・・・(文字数制限のためここまで