第118話 禁じ手
機動部隊は一〇〇式司令部偵察機と思しき双発機によって主力の「エセックス」級空母を一隻残らず撃破された。
水上打撃部隊は「モンタナ」級をはじめとしたすべての戦艦を撃沈された。
さらに水上打撃部隊に配備されていた巡洋艦や駆逐艦の損害も大きく、半数近くを喪失したうえに生き残った艦で無傷を保っているものは一隻も無かった。
一方、友軍母艦航空隊は敵の六隻の空母をすべて撃沈し、水上打撃部隊の巡洋艦や駆逐艦も奮戦、こちらが沈められた以上に相手のそれを撃沈している。
それでも戦況は極めて悪い。
日本機の自爆攻撃によって撃破された空母「エセックス」から軽巡「バッファロー」に移乗したハルゼー提督は善後策を考えていた。
偵察機によって七隻の「大和」型戦艦と六隻の中小型艦は進撃スピードを落としながらもじりじりと沖縄に迫っている。
万一この艦隊が沖縄に突入するようなことになれば、上陸軍は万単位の戦死傷者を覚悟しなければならない。
状況を鑑み、ハルゼー提督は残る手札をすべて投入することを決意する。
まず、船団護衛や上陸支援の任にあたっている護衛空母をすべて呼び寄せ、そこに搭載されたF6Fヘルキャット戦闘機ならびにTBFアベンジャー雷撃機をすべて出撃させる。
二四隻の護衛空母に残されたTBFの数は少ないが、それでもかき集めれば一〇〇機近くにはなるはずだ。
これらTBFには魚雷を装備させて「大和」型戦艦を叩かせる。
F6Fのほうはロケット弾あるいは爆弾で「大和」型戦艦の対空火器を潰すとともに、さらに周囲に展開している六隻の巡洋艦や駆逐艦の機動力を削ぐ。
そして、敵が空襲で混乱している最中にこちらは第三・三任務群と第三・四任務群、それに第三・五任務群にある六隻の巡洋艦とそれらに配備されている駆逐艦の三分の二にあたる二四隻を日本艦隊に肉薄突撃させる。
「大和」型戦艦はタフな艦だが、しかし意外に魚雷には脆いところがある。
それに「大和」型戦艦をはじめとした日本艦隊の艦艇はそのいずれもが満身創痍の状態だ。
将兵たちもこれまでの激戦に次ぐ激戦によって疲労の極にあるだろう。
一方、こちらの機動部隊に配備されている巡洋艦と駆逐艦はすべてが無傷であり、将兵の疲労も連戦を強いられる日本兵に比べればずいぶんとマシなはずだ。
それと、新鋭の「フレッチャー」級駆逐艦は一隻あたり一〇門の魚雷発射管を装備しているから、つまりは二四〇もの射線を確保できる。
損害の累増によって動きの衰えた今の日本艦であれば、それなりに高い命中率が期待できるはずだ。
さらに護衛空母に配備されている四八隻の駆逐艦のうちの半数を後詰あるいは保険として用意しておけば日本艦隊の沖縄突入は十分に阻止できる。
脳内でそう算盤を弾くハルゼー提督だが、そこへ通信参謀が困惑の色を滲ませつつ紙片を手渡してくる。
太平洋艦隊司令長官のニミッツ大将からの緊急信だった。
「第五〇九混成部隊が出撃する。日本艦隊の周辺にある友軍艦ならびに友軍機は近傍海域からただちに避退せよ」
文面を見た瞬間、ハルゼー提督の顔が見る見るうちに蒼白になる。
第五〇九混成部隊のことは、第三艦隊ではハルゼー提督ならびに各任務群司令官だけが知るトップシークレットだ。
一方、紅潮するのはしょっちゅうだが、蒼白になることなどあり得ないと思っていた指揮官の、そのただならぬ様子に第三艦隊司令部スタッフは思わず息を飲む。
「日本艦隊に接触している機体、それに監視任務についている潜水艦に日本艦隊から離れるように伝えろ。別命あるまで、日本艦隊に近づくことは自殺志願者以外はこれを固く禁ずる」
振り絞るようにして命令を発したハルゼー提督だが、胸中では怒りと絶望の相反する感情が渦巻いている。
合衆国は禁断の大量破壊兵器を「大和」相手に使うことを決めた。
沖縄に上陸した友軍将兵の安全を思えば、その判断は決して不当なものではない。
万単位の友軍将兵の命がかかっているのだ。
理性ではそれは理解できた。
だが、同時にそれは第三艦隊が日本艦隊に対して永遠に復讐の機会を失うことを意味した。
仲間や部下の敵を討つこと、なによりジャップの軍艦を沈めることを心のよりどころとしてきたハルゼー提督にとってこの決定は生き甲斐を奪われることと同義だ。
だが、軍人であれば命令に従わなければならない。
まして、この命令を出したのは合衆国の最高意思決定機関だ。
自身はおろか、ニミッツ長官とてそれに反対することは出来ない。
悄然とするハルゼー提督、その彼に声をかけることが出来た者はいなかった。
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