第117話 前へ
「巡洋艦四、それに駆逐艦約一〇、こちらに向かう!」
最後の米戦艦を撃破した直後、見張りからの絶叫のような報告に対して伊藤長官はただちに別動隊に応戦するよう命じる。
米水上打撃部隊には一二隻の巡洋艦と三二隻にもおよぶ駆逐艦があった。
これらに対し、第一艦隊は第四戦隊の四隻の「高雄」型重巡とそれに第五戦隊の同じく四隻の「妙高」型重巡、それに重巡「青葉」率いる水雷戦隊が迎撃したものの、しかしその数は米側の半数以下でしかなく、すべての米艦を抑え込むことはかなわなかったのだろう。
伊藤長官の命令一下、重巡「熊野」ならびに重巡「利根」に率いられた七隻の駆逐艦が戦艦列のそばを離れ、迫りくる米艦の群れに立ち向かっていく。
雷撃を終えた「五十鈴」と「北上」の二隻の重雷装艦もまたそこに加わる。
「五十鈴」と「北上」はすべての魚雷を発射し終え、その戦力は激減しているが、それでも両艦ともにわずかな数の高角砲と機銃を備えており、駆逐艦程度であれば撃沈は出来なくともそれなりの打撃は与えられると考えたのだろう。
その間に七隻の「大和」型戦艦は隊列を整え、無傷の左舷側を米艦に向けるべく回頭する。
どの艦も多数の四〇センチ砲弾を浴びておりその傷は深いものの、しかし水線下に損害を被ったものは一隻もなく、いずれの艦も機動力に関しては問題無かった。
「大和」と「武蔵」、それに「信濃」と「紀伊」はそれぞれ一六門の一二・七センチ高角砲を、「尾張」と「駿河」、それに「近江」は同じく一六門の一〇センチ高角砲を片舷に指向できる。
別動隊が突破された場合、これら一一二門の高角砲が四六センチ砲とともに「大和」型戦艦にとっての最後の防衛線になるのだ。
だが、そんな思いとは裏腹に、補助艦艇同士の戦いはあっという間に砲煙と被弾に伴う火災煙によって視認が困難になる。
上空の観測機に状況を報告するよう求めるが、こちらも煙がひどくて視認が困難だという返事がかえってきた。
そして待つことしばし、米巡洋艦や米駆逐艦が南方へと引き揚げつつあるという報告が観測機より第一艦隊司令部にもたらされる。
すべての戦艦が無力化され、さらに巡洋艦や駆逐艦による肉薄突撃が阻止されたことで一時撤退の判断となったのかもしれない。
ほどなく、戦いを終えた第一艦隊の巡洋艦や駆逐艦も「大和」の周辺に集まり始める。
どの艦も傷だらけ、満身創痍といった有り様だ。
「たったこれだけか・・・・・・」
そのあまりの数の少なさに、司令部の誰かがうめくような声を漏らす。
最初に迎撃を命じた第四戦隊と第五戦隊、それに水雷戦隊のうちで戻ってきたのは第四戦隊は「高雄」、第五戦隊は「妙高」の二隻だけ。
水雷戦隊のほうはさらにひどく、旗艦「青葉」が撃沈されたうえに一二隻あった駆逐艦もそのほとんどが失われ、生き残ったなかで航行に支障が無いのは「雪風」ただ一隻のみ。
別動隊のほうも米巡洋艦や米駆逐艦との間で壮絶な撃ち合いとなり、「熊野」と「利根」はともに沈没、さらに魚雷を撃ち尽くしてなお戦い抜いた「五十鈴」もまた帰らなかった。
七隻あった駆逐艦もわずかに「潮」と「曙」だけが生還したに過ぎない。
第一艦隊の巡洋艦と駆逐艦は「大和」型戦艦が米戦艦と戦う間、敵の補助艦艇を近づけさせないという目的を達成したが、一方でその代償はあまりにも大きかった。
戦死した将兵の奮闘と献身に感謝を捧げつつ、伊藤長官は溺者救助を命じるとともに沖縄へ再進撃することを決意する。
ここまで来て、これだけの犠牲を払って引き返すことなどあってはならないし、戻るつもりも無い。
溺者救助の後、第一艦隊は進撃のために隊列を整える。
七隻の「大和」型戦艦が中心となり、その前方を「雪風」と「潮」それに「曙」の三隻の駆逐艦が逆V字となってささやかな対潜警戒陣を形成する。
七隻の「大和」型戦艦の右には「高雄」、左には「妙高」が展開し、殿には「北上」が配置される。
わずかに残る零式観測機は交代で上空直掩あるいは前路警戒の任に就き、海面下から獲物を狙う米潜水艦に目を光らせる。
「たったの一三隻。だが、この一三というのは米国人あるいは西洋人にとってはなによりも縁起の悪い数字だ。あるいは第一艦隊は神の加護ならぬ悪魔の加護がついているのかもしれんな」
不謹慎にならないよう、胸中で苦笑を漏らしながら伊藤長官は前を見据えた。
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