最終話 バレンタインを救え!大作戦 その5 世界が終わるって、どういう事なんだろうね

 僕は戻って来た。1500年後の沖縄に!


 力を使い果たした青龍隊の人たちが、中庭のそこかしこに倒れている。門は固く閉ざされ、外からは物音一つしない。儀式が行われたのは逢魔が時。空は茜色だったが、今は暗い。星々が輝き、手を伸ばせば届きそうだ。実際に手を伸ばしてみようと思ったが動かない。魂が離れて数時間。死後硬直。

 微かに感じる頭の下の感触。柔らかくて暖かい。何だか懐かしい。星々の光を遮って、覆いかぶさるように顔が現れた。

「戻って、来て下さったのですね」

「朱雀さんと、約束したから」

 絞り出すようなしゃがれ声。声帯もこわばって上手く喋れない。

日女子ひめこと御呼び下さいませ。朱雀として全ての役割を終えた私の、本当の名前です」

 日女子はそっと手を伸ばし、僕の頬を両手で挟む。彼女の手の温もりを感じる。暖かいというより熱い。差し出した掌で、僕の頬から顎の方まで撫でさすって「耕作様、冷たいです」小さく笑ってみせた。「死んでたからね」僕も笑って答えた。つもりだ。硬直した頬で、僕は上手く笑えていただろうか?


 日女子は、ずっとこうして僕の帰りを待っていてくれたのだろう。硬直した、僕の体ではない僕の体が冷え切ってしまわないように。僕が僕ではない僕の体に戻った時に、少しでも動けるように。顔や胸の辺りを擦って、摩って、温めて。寂しくなかったか。怖くなかったか。苦しくなかったか。戻って来るか分からない僕の帰りを、ただひたすら待ち続けるのは。


 グラグラと地面が揺れる。夜空に浮かぶ星々が、ものすごい勢いで回転している。回っているのは空なのか。地面なのか。自分なのか。世界なのか。


 この世界は限界だ。世界の終焉が刻一刻と迫る。どれだけの時間が残されているだろう。もうじき、ここでの出来事も。ここで過ごした日々も。ここにいる僅かに生き残っている人々も。日女子も。僕の魂も。この世界そのもの、全てが消え去る。ひしひしと感じる。世界の終わり。その瞬間が近付いていると。絶対に避けられない運命だと。


 過去は変わったんだ。1500年前の僕は、命懸けでやってくれた。この世界が終わるという事が、ミッション成功の証だ。これで世界がどう変わるのか、先の事は分からない。だけど少なくとも、栞奈が殺人犯となって捕まり、冷たい牢獄の中で凌辱の果てに死ぬ。そんな最悪の未来だけは回避出来たんだ!


   ×   ×   × 


「数年の遅れが出るだけで、支配者はまた計画を練り直し実行しようとするだろう」

「じゃあ意味ないの?」

「意味はあるさ。耕作様の時代、地球人口は約80億人いた。計画が2年遅れるとすれば、何人の命を救ったことになるか分かるかい?」

「えーっと? 80億の2年だから……いっぱい!」

「そんな計算があるものか」

 青龍さんは愉快そうに笑った。

「平均寿命を80歳として、2年×40で一人分。だから80億人を40で割ればいい。耕作様は2億人の命を救う英雄に等しいのさ!」

「そんなに!」


   ×   ×   × 


 栞奈を救う事が出来たのは、ここに僕の魂を呼んでくれたみんなのおかげだ。青龍さん、白虎さん、玄武さん。みんな。僕に色々と教えてくれて。栞奈を救う術を教えてくれて。

「僕をここまで連れて来てくれて、ありがとう」

 降り注ぐ星々。激しい地鳴りと鳴動。誰にも届く筈のない独り言。


 そして日女子。ずっと僕の傍にいてくれた。

 体が動かない時は、僕の面倒を見てくれた。

 心が衰弱した時は、僕に愛を教えてくれた。

 辛いリハビリの日々、僕を励ましてくれた。

 厳しい修行の合間には、僕を支えてくれた。

 どんな時でも、常に僕の味方でいてくれた。

 母親のように、恋人のように愛してくれた。

 今の僕があるのは隣に日女子がいたからだ。


「ありがとう」

 もう一度、呟く。日女子は僕を見詰め、微笑んだように見えた。


 だから、いいよね。

 栞奈、許して欲しい。

 ここにいる僕、1500年後の僕の魂が、栞奈ではなく日女子を選んだとしても。

 許して欲しい。

 世界が終わる、その一時一瞬、僕の心は日女子と共にありたい。

 その想いを、許して欲しい。



 流れ星にお祈りなんてした事もない。でも今だけは祈りたい。これだけ落星があれば。どれか一つぐらい願いを叶えてくれるのではないだろうか。


 手を借りて身を起こす。動かない腕を無理矢理動かし、そっと日女子を抱きしめる。彼女が小刻みに震えているのを感じる。

「怖い?」

「……はい」

「世界が終わるって、どういう事なんだろうね」

 日女子は答えない。答えられるわけがない。世界が終わっても生きていられる人間などいないのだから。世界が終わる瞬間なんて、誰にも分からない。

「怖かったら、目を閉じてても良いんだよ」

「いいえ」

 小さく頭を振る。

「世界が終わるその瞬間、耕作様だけを見ていたいから……」

 そう言って、腕の中から僕を見上げる。泣きそうだ。

「最期の瞬間まで、一緒にいよう」

「はい……はい!」


 世界が終わっても、どうか二人の魂が一緒にいられますように―――。


   完

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【一部朗読あり】バレンタインを救え!大作戦 武藤勇城 @k-d-k-w-yoro

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