39 バレンタインを救え!大作戦 その4 あとは頼んだよ

「いち、に。いち、に」

(目を覚ませ!)

(誰……ンゴ? 僕の中に誰かいるンゴ)

「ね! さっき告白してくれたでしょ? 実は私も。告白があるの」

(僕は高橋耕作だ)

(ンゴ……高橋耕作は僕ンゴよ)

(僕は未来から来た。時間がない。よく聞け)

「私の告白はね。あのチョコレートとサンドイッチ」

(栞奈は僕が邪魔で、僕を殺したいほど憎んでる)

(ンゴ……そんな気もしてたンゴ)

「実はあれ、私が徹夜で作ったの! おかげで寝不足!」

(僕を落とすつもりだ)

(栞奈に殺されるなら、それもいいンゴね)

(ダメだ! それじゃ栞奈を救えない!)

「この日のために大学で研究してきたんだ。ずっと待ってた、このチャンスを」

(橋の上を見ろ)

(ン~っゴ)

(あそこに防犯カメラがある)

(ンゴォ!?)

「人の体が動かなくなるおクスリ。睡眠薬とか、しびれ薬みたいなものね。少し動けなくなる程度なら、100均やドラッグストアで売っているものだけで作れるの」

(一部始終が録画されてる)

(ンゴ!?)

(栞奈は逮捕され、独房の中で看守や、他の死刑囚に酷い暴行を受け、犯され穢され……命を落とす)

(ンゴォ~!?)

「パンとチョコ。タオルにも沁み込ませてあったよ」

 初めて明かされる栞奈の未来。過去の僕は驚愕の表情を浮かべている。そりゃそうだ。

(僕はその未来を変えるために来た)

(どうすればいいンゴ!?)

(彼女がやる前に……)

(自分から落ちればいいンゴ? それで栞奈は助かるンゴね!?)


   ×   ×   × 


「全てが終わったら、離魂の術を使うんだ」

「うん」

「魂は入るべき器がなくなれば、四散し無に還る。完全な死だ」

「覚悟は出来てるよ」

「耕作様には、二つの選択肢がある」

「?」

「一つは、元の体から魂を切り離し、今この時代の依代へと帰る」

「戻れるの?」

「動物の帰巣本能って知っているかい? 自分の住処へと迷わず帰って来る能力だ」

「帰巣本能……」

「帰魂の練習をした時、離魂で魂を切り離し、そのまま先代の器に戻ったね」

「うん」

「その時の感覚を思い出せ! 勾玉も触媒オパールもある。きっと帰って来れる! 朱雀の待つこの時代へ!」


   ×   ×   × 


「耕作様の御体は此処にあります! 使命を果たして、必ず御戻り下さいませ。私、ずっとこうして御待ちしております! ずっと、ずっと、御待ちしていますから!」


   ×   ×   × 


「もう一つは、過去の耕作様の魂を切り離す」

「えっと?」

「分かり易く言えばね、昔の自分を殺すんだ」

「は!?」

「そして今の耕作様が体を乗っ取ればいい」

「そんな選択……」

「耕作様にはその権利がある! 生きる権利だ。彼女を諦めて自分だけが助かる。そういう選択肢だってあるんだ」

「……」

「忘れないでくれ。逃げてもいいんだってことを」


   ×   ×   × 


 ものすごい高熱。体は限界だ。もうこの時代にはいられない。

(聞いてくれ。僕に栞奈を救う方法を教えてくれた人たちは、本当にすごい人たちだった。僕には到底真似出来ないよ……)

 使命に身を捧げた女がいた。日本を憂い持てる力全てを注いだ男がいた。片腕を失っても尚笑う男の背中があった。影に生き影に死ぬ男がいた。極限の生活。樹を齧り泥を啜って懸命に生きる人々。獰猛な獣に狩られる人類。今この世界がどれほど幸せに満ちているか。短い時間で伝えられるだけ伝えた。

(あとは頼んだよ。僕は栞奈のためなら喜んで命を捧げるって知ってるけどね!)


   ×   ×   × 


「誰か! 動ける者は?」

 薄闇に包まれた中庭に数名の男たちが倒れていた。みな髪の毛は真っ白で、顔も手も干乾びミイラのよう。

「誰も残っていないか……」

 呟いた男。皺だらけで齢100歳になろうかという風貌。しかし眼だけは爛々らんらんと輝いている。

「青龍。私は手が離せません」

「分かっているよ朱雀。君は君の仕事だけやりなさい」

 懐から取り出したのは、三種の神器が一つ。

「八尺瓊勾玉は砕けず残った。これも天照大神様の導きか。残り僅かな生命力、全てを預けよう。勾玉よ。彼女に伝えてくれ。耕作様がどれほど深く君を愛していたか。君のためにどれだけ努力したか。思い出させてあげてくれ。彼と過ごした楽しかった日々を」

 青龍の言葉に反応するかの如く、八尺瓊勾玉は淡い光を放つと、粉々に砕け散った。

「オパールよ。希望の石よ。彼の忍耐と、純粋な想いが彼女に届くように。僅かな幸運と、二人が歓喜の結末ハッピー・エンドを迎えられるように。せめて祈らせてくれ……」


   ×   ×   × 


 ……それなのに。ただそれだけが出来なかった。心臓がドキドキする。濃紺の小箱が妙に熱い。なんでよ! ここまで来て……なんで出来ないの! 私の意気地なし!

「栞奈?」

 私どうしちゃったんだろう。海や川で一緒に泳いだ事。受験勉強の日々。あの夜の出来事。思い出がフラッシュバックする。

「栞奈が望むなら……」

 ブタが自ら鉄柵の方へ向かっていく。

「僕が邪魔なんだよね……」

 立てない足で。震える腕で。這いずるように鉄柵を掴んで登ろうとする。待って! ダメ! そこを乗り越えたら落ちちゃう!

「栞奈。大好きだよ……」

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