最終話


 あれから数か月ほどが経ち、僕はやりたいことも見つからないまま安全圏にある適当な大学を志望して合格したり卒業式の後に部室に呼ばれてたった三人の送別会を開いてもらったりしたけれどその間誰もウチダカズミについて触れることはなく、僕も僕自身がしてしまった不実のせいで誰にも悩みを打ち明けることができなかった。

 サデュザーグのせいで意識不明に陥っていた人々の目が、そして何よりリク君の目が覚めたという知らせは僕に喜びよりも先に言い知れない喪失感を与えたらしい。どうも最近何をするにも億劫になってしまって部屋に引きこもってばかりいる。


 やっとの思いで髪を整えて外行きの服を着てひさしく訪れていなかった病室の扉を開けると長いこと外に出ていなかったせいかすっかり白皙になってしまった幼なじみが力なく微笑んで迎えてくれたのだけれど、封をしていた感情が堰を切るとともにもうどうすればいいか分からなくなってつい溢してしまうのは涙。


 僕は彼にすべてを打ち明けて浅ましくも救いを求めた。

 ある後輩に浮気をしていたことや文化祭のあらまし、その後の破局、呆然と暮らしつづけた日々のすべても。

 柔らかな春の風と光を浴びながら「ごめんね、ごめんね」と声を震わせる僕の背中をさすりながら急かすことも耳を塞ぐこともなく聞きつづけてくれるリク君の姿はいつか失ってしまった優しい母親の面影と似ているように思う。

 そして――


「ああもう、泣くなよ」


 ただその一言だけで何もかもを許してしまう通じ合えなさに僕が苦しんで泣くほどに彼は優しくあやしつづける。

 いっそ怒るか罵ってくれさえすれば楽なのに。


「俺はシュントが眠ってる間に何にもできなかったし、隠しとけばバレないだろうに、わざわざ打ち明けて謝ってくれるだけで嬉しいよ。ありがとう」


「違う。僕は、僕は――」


「そりゃ俺だって嫉妬はするよ。でもさ、付き合ってくれっていったのは俺の無茶じゃん。だから、責めれないよ、お前のこと」


「違う。僕はちゃんとリク君のことが好きだった。でも、ウチダ君を拒むこともできなかった! 挙句、先輩ぶっておきながら何もしてあげられなくて、そうして今君に縋りついている。……最悪じゃないか、こんなの」


「シュントは悪くない。必死に悩んで、それでも手が届かなかっただけだ」


「僕が欲しいのはそんな言葉じゃない」


「そうだろうな。でも、俺はこういう言葉しか掛けることができないから」


 もうすべての言葉も想いも役に立たなくなるところまで来てしまったんだなと胸の中で嘆きつつ俯きつづけていると「そういや、この前リンゴを貰ったんだけど。食うか?」と言いながら小ぶりなプラスチックめいたナイフで器用に皮をむいてくれるのが余計に悲しくて、口にした薄黄色の果実も粘膜の水分を奪うほどに甘ったるいばかりに感じられる。

 きっとそのうち世間を騒がせたサデュザーグという名前は次第に忘れられていくだろうし僕も彼のことも思い出せなくなって罪悪感ばかりが残るのだろうと思えば涼しい風に当てられて冷えた体が恋人の体温に溶けていくことさえ後ろめたい。


「ごめんね。本当に、ごめんね――」

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サデュザーグ 藤田桜 @24ta-sakura

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