エンバディ
八田部壱乃介
エンバディ
これから生まれてくる君へ
君がこの手紙を読む頃には、僕はもうこの世には居ないだろう。いや、居たらおかしいんだけどね。一度この台詞を言ってみたかったんだ。
さて、君は生まれたばかりで凄く戸惑っているだろう。なんたって僕がそうだった。生まれたばかりなのに、どうして姿形は二十歳くらいの大人なんだろうか、ってね。それだけじゃない。疑問は幾つもあるだろう。これからひとつずつ説明していくよ。
君の身に何が起きたのかを振り返る前に、まず僕の正体……と言うほどの者じゃないけれど、これを教えなきゃね。僕は君の父親だ。君は(まあ当たり前だけど)僕ら両親から生まれてきた。母親も別に居る。きっと彼女も手紙を残しているだろうね。本当にあるかを確認する前に、まず僕からの説明を聞いて欲しい。
君は少し特殊な方法で出産されたんだ。とは言っても、今の時代では少しずつ普及され始めているから、それほど変なことでもないけれどね。言い換えるなら、これは普通の出産ではなかった、ということになる。
怯えさせてしまったかな。もしそうなら、申し訳ない。でも安心して欲しい。きっと君なら受け入れられる。
さて。僕ら(具体的に言えば彼女の方)には少々問題があったんだ。それが何なのかは後で説明するよ。説明には順序というものがあるからね。ただ、今知って欲しいのは、それのために別の形で出産することになったのだということ。
つまり、
君も外へ出ればわかるだろうけど、この街には転送装置が普及しているんだ。宅配技術はもちろん、後述する手法を利用した医療技術とか、ね。僕たちはこの装置を使って君を生んだんだよ。どうやったのか、気になるかい? 不思議なことだものね。僕にとっては、不思議だった。
君を産むのに必要だったのは、三つのテレポート用の箱だ。うち二つのそれぞれに、人がひとり入れるような空間が設けられている。そこでまず、コピー機みたいに僕たちの肉体を解析して、構成された物質を把握するんだ。把握したら、今度は情報をもとに、次に生まれてくる子どもの設計図(なんて表現は嫌になるね)を作成する。
どうして君が二十代の身体で生まれたのか、その理由はここにある。僕らが君の年齢を指定したからだ。動機としてはとても簡単。親の居ない状態で誕生するのだから、大人である方が良いだろう、と思ったんだ。ほら、動物だって生まれてすぐに立ち上がれるだろう? 人間の赤ん坊だったら、そうはいかなかった。
では、話を元に戻そう。
君という設計図には僕と彼女ふたり分の遺伝子が組み込まれているから、そこから生まれてくる子どもは、血も繋がっているし、本当の意味で実子と言えるわけだね。
設計図が完成したら、これを三つ目の箱に送信する。ここまで来たら、あとは実行するだけだ。僕と彼女は同時に、テレポートをすることになる。テレポートの仕組みを今一度振り返ってみようか。
まず、肉体をすべて分解し、テレポート先で同じ物質を再構築する。もし僕がテレポートするとすれば、これには僕という情報をもとに作成された設計図が必要になるわけだ。では、僕と彼女の物質を、まったく別の設計図で再構築したら、それは誰になると思う?
もう君にはわかるよね。
そう。
それが君のことなんだよ(なんて書いているけれど、今の時点ではまだ先の話なんだよね)。
こんな方法じゃあ、まるで自殺みたいに思えるかもしれないね。でも法律でも許されているし、その上、こんな方法じゃないといけない理由があるんだよ。何故かと言えば、もう僕らには性器がないからなんだ。だから僕らには、と言うより、今の人類には子を成す機能が無くなり始めているんだね。
と言うのも、テレポート出産が行われるようになってから、男性でも女性でもない、両性無具有の子どもが生まれるようになったんだ。これは設計図のミスかもしれない。調べてみても、誰にもわからないらしいね。僕の見立てでは、これは血液型の遺伝に似ているんじゃないかな、と思う。つまりね、A型とB型の子がAB型になるのと同じで、男女混合の性別を持ってしまうんじゃないかな、って。
ただそうなると奇妙なのは、両性具有者が生まれないこと。やっぱり不思議な話だよね。おっと、話が逸れた。
先ほど僕らには問題があったから、テレポート出産というほんの少しばかり特殊な方法を選んだことを書いたね。その理由がこれなんだ。君の母親は、両性無具有者だった。だから、どれだけ彼女が子どもを望んでいても、普通なら君が生まれてくることはなかっただろう。
説明が長くなったね。君も疲れただろう。僕は少し疲れてしまったよ。正直に言えば、こんなことを書いていても尚、まだ少し信じられないところがあるんだ。僕らふたりから子どもが生まれるのは、一般の出産と変わらないところだね。でもこの方法では、ただふたりを粘土で捏ねたのとそう変わらないはずだ。混ぜこぜになった僕らと、君との違いは何だろうね?
助産師さんの話によれば、僕らの魂(例えば意識だとか記憶)は受け継がれないそうだ。と言うのも、本当に一から作り直すわけで、殆ど別人に近いらしい。同じなのは物質というか情報だけ。全体像が異なれば、君と僕らは他人ということになるみたいだ。
つまり、僕たちは君だけれど、君は僕たちじゃない。設計図が違うから、同じ細胞だったとしても、理論上は別人らしい。
何だか寂しい話になってしまったね。寂しいついでに言うなら、君に会えないのが残念で堪らないよ。顔も見たいし、話したいことも沢山ある。君は男の子かな、女の子かな。それとも中の子かな?
それに、これは君に言うのもどうかと思うけれど、この出産で本当に君は生まれるのか、とても気になっているんだ。
テレポート出産について、僕は粘土の比喩を使ったよね。僕と彼女から君は生まれるのだから、1+1=1になるわけだ。でも、これっておかしいとは思わないかい? 普通なら、1+1=2になるはずなのに、余った分はどこへ消えるんだろう。まさか、こうやって人口を減らしているわけでも……。
いや、申し訳ない。僕も少し緊張しているんだ。出産はこれからだからね。どうにも実感が湧かない。僕たちはこれでさよならだけど、君にとって人生はこれからだ。君のことを想うと、不思議とテレポートも怖くない。それどころか、まだ生まれて来ていない君に対して愛着が湧いてくるよ。
さて、助産師さんに呼ばれたから、ここで終わりにしようか。本当は、もっと僕らのことを話すべきだったかもしれないね。それについては彼女にお願いしよう。もし彼女も僕と同じようなことを書いていたら笑っちゃうけれど。
じゃあ、僕は先に行くね。
君の幸福を願っているよ。
父親より愛を込めて
エンバディ 八田部壱乃介 @aka1chanchanko
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