第4話 人は見かけが9割のあまり 後編
とうとう土曜日。さほど興味もないライブの日が訪れた。
連日の立ち仕事と言いがかり処理で疲弊した体に鞭打って、集合場所にした三ツ矢本舗の暖簾をくぐる。
出迎えてくれたのは華と、ふくよかで笑顔の可愛らしい華の母親だった。驚いたのはあれだけ立ち仕事をこなした直後の土曜日でも、家業を手伝っている華の働きぶり。エプロン姿で練り切りや例のどら焼きが並ぶショーケースと、併設された喫茶店を忙しなく往復しながら愛嬌を振りまいている。
「待たせちゃってごめんね。年の瀬は特に忙しくて〜」
「すごいねー。休みでも働いててびっくりしたー」
「そうなの! すっごく疲れたよね、福引大会!」
「ほんとそれー」
自分の感情を交換しあうこと。それが生きるための知恵だ。
感情がこもっていそうな言葉ばかり吐いて、華との間に分厚い壁を作る。社交辞令で相手をするくらいに留めておかないと、あとあと面倒くさいことになる。実際、現在進行形で面倒な目に遭っているのだ。
やっぱり、華といると疲れる。
「疲れたわー……」
「大変だったよね。あ、着いたよ」
誰のせいだと心の中でつぶやく性格の悪さに辟易した。
阿佐ヶ谷商店街の一角、雑居ビルの地下階。今日ここで、ラジオDJの新島花蓮は芸人として舞台に立つ。そして私にとって初めてのお笑いライブ。
「楽しみだねぇ〜」
「ね。楽しみ」
「あーちゃんと一緒に来れたのも嬉しいよ?」
「そんなに嬉しい?」
「嬉しいよ〜。あーちゃんの笑いのツボを知れる!」
ぐっと鼻を鳴らして、華は上機嫌に劇場内へ駆けていった。笑いのツボなんて知ったところで意味なんてないだろう。
「知ってどうすんだよ、私を」
華は知りたがりだ。知れば仲良くなれると本気で思っているから知ろうとする。商店街の人々の機敏ばかりか、単なる同僚である私のことまでも。
——私のことなんて知って何になる。
苔とラジオとテレビ晩酌が趣味の、平穏無事な凪の海に漂っているだけの足りない女。刺激を求めて大海原を駆け巡る海賊じみた華が気に入りそうな要素なんてひとつもない。
窓ガラスに反射した自身の姿が目に留まった。
ふいに額へ持ち上げた指先は前髪を直すためのもの。そんなことをしてどうするつもりなのだろう。めったにつけないイヤリングまでわざわざぶら下げて、私は何を考えているのだろう。
ライブになんて来るつもりはなかったのに。別に知りたくもなかったのに。
「疲れる……」
考えたくないなんて言っておきながらも、しっかり期待しているのかもしれない。
27歳、凪の人生。胸をときめかせて嵐の大海原へ漕ぎ出すには歳をとりすぎているというのに、心は裏腹だ。
「会場のみなッさーん! こーんにーちわーッ!」
そして、テンションだけは笑えるくらいに高い司会者の第一声とともに、お笑いライブが始まった。
《地下8階芸人ネタ祭2021冬》。
大手芸能事務所所属からフリー、あるいはアマチュアまで参加する玉石混交の石のほうだけ寄せ集めた舞台。披露されるネタは漫才、コント、ピン芸ばかりか大道芸やマジシャン、中には客いじりをするスタンダップコメディアンまで居る。
ただ、豪華な演者のわりに客席は寂しい。フルキャパ50名のパイプ椅子は、甘く見積もっても十数名。笑い声の位置から誰が笑っているかわかってしまうほど。
時折クスっと笑う、後ろの席の女の子。斜め前でスマホをいじってばかりいる男性。そして最前列中央、サンパチマイクの真正面に居座り、演者が舞台袖から出てくるだけで笑い袋を連打したかのように笑っている人。もはやカオスだ。
『だからパンはケーキでも食べられるたこ焼きはエクレアかって聞いているんですよ!』
『何言うとんねんお前! エクレアはシュークリームやろがい!』
『じゃあシュークリームは肉まんだからエクレアはざるそば!?』
『そば粉やないかい。やめさせてもらうわ』
ややウケの粉モン漫才を披露した芸人がハケると、申し訳程度の拍手が区切りをつけて、次の芸人を呼び込む出囃子が鳴る。次は上半身裸で、全身いたるところにオモチャの鈴をテープで留めているピン芸人。ネタは、ダンスしながら鈴をかき鳴らし、今年のヒットソングメドレーを演奏するという。滅茶苦茶だ。
こんなところに来て、華は楽しんでいるんだろうか。
ちらりと横目に様子を伺うと、パイプ椅子から身を乗り出して舞台にかぶりついている姿が見えた。
「あーちゃん、すっごい面白いね!」
「そう……?」
華もまた、最前列のおじさんと同じゲラだった。私よりエンジョイされるとそれはそれで複雑だ。
いくつかネタを挟んだあと、いよいよ彼女の出番がやってくる。
『続いては! 謎の覆面ギャルレスラー、マスクド花蓮!』
「は……?」
私は、芸人としての新島花蓮の活動を知らなかった。興味もなかったからだ。
だから出囃子とともに舞台に出てきた覆面姿の女子高生の正体がしばらく理解できなかった。
『ショートコント。マスクドギャルVSガラケー』
「え? は? は……?」
舞台に立っているのは、覆面で顔を覆ったニット姿の女子高生。わかりやすく着崩した制服、スカートは鬼のように短くて極め付けはルーズソックスだ。いつの時代のギャルなんだ。
『ハハ、マジウケんだけど! あ、ちょ待って電話〜』
ポケットからストラップまみれのガラケーを取り出し、耳に当てようとして、耳に当てようとして。何度も耳に当てようとして。
『マジマスクめんどくせー!』
フルフェイス覆面の上からではガラケーのスピーカーを耳に当てられないことにキレて、ストラップまみれのケータイを地面に叩きつけ、エルボーを落とし、マウントポジションでもってタコ殴りにする。『ワン、ツー』と別録したカウントが入り、スリーカウントでゴングが鳴って、『勝者、マスクド花蓮!』とレフェリーの声が入り、歓声の中、女子高生が両手を上げて誇らしそうに頷く。
「なんそれ」
笑い声ではなく、変な声が出た。開いた口が塞がらないとはこのことだ。どんな感想を持っていいのか分からない。まるで現代美術だ。考えさせられる。
「あーちゃん今のはね? ガラケーと戦う覆面レスラーって設定なんだよ?」
あげく華に解説されてしまった。もちろん、聞かなくたってネタの内容は理解はできる。理解できないのは、誰がやっているかというただ一点だ。
これがあの新島花蓮だなんて信じられない。
あれだけ軽快なリスナーに寄り添うトークを繰り広げているのに、肝心のネタはこれなのだ。芸風の温度差で風邪をひきそうになる。
だけど鍛え上げられた自分の耳は、確かに花蓮の声だと太鼓判を押していた。
『ショートコント。マスクドギャルVS痴漢』
電車の車内なのだろう。効果音とともに花蓮はゆっくり揺れている。その後、瞬時に背後を振り向き、尻に伸びていたであろう手首をむんずと掴むマイムから、頭突きを3発。そして網棚と思われる場所からダイブ、レスリングの要領でスカートの中を晒す——もちろんアンスコだが——ことも厭わず暴れ回り、腕ひしぎ十字固めらしきポーズで再びカウント、ゴング、レフェリーの勝利宣言と歓声に流れていく。
ちなみにこのネタの間、花蓮は一言も喋っていない。肉体芸だ。
「なんそれ……」
呆然とするばかりの私の斜め前で、スマホばかり見ていた男性が肩を揺らして笑いを殺していた。「攻めるなあ」と独り言が聞こえる。
客席は一気に冷えていた。最前列は相変わらずゲラゲラ笑っているが、他は「攻めてる」と評したお笑いフリークらしい男性だけだ。
これが、スベるということである。怖い。
「難しいお笑いだねえ〜」
「そうね……」
華の囁きに力なく頷く。マスクド花蓮はその後3本ほどネタをやって会場を完全に凍らせて、阿佐ヶ谷の地下はトリになるまで温まることはなかった。
ライブが終わると、カーテンコールもとい演者が全員集合して舞台でトークが始まる。
トークと言っても、テレビとは違って間延びしたものだ。調和もまるで取れておらず、収集のつかないボケに大学生みたいなチャラついたツッコミが入り、回しが複数現れて何の話をしているのか分からないカオスになる。相変わらず最前列の客はゲラゲラ笑っていたけれど、たぶん彼は地下芸人のカオスを楽しんでいるのだろう。知りたくもない内輪のノリだ。
なにより知りたくなかったのは、舞台袖ギリギリで覆面姿のまま立ち尽くしている花蓮の姿。
——来るんじゃなかった。
告知して。知ってほしいとまで言って、やることがこれなのか。
好きなら応援しろと人は言うけれど、あのネタを見たあとじゃどだい無理な話だ。私が好きなのはラジオの花蓮であって、覆面芸人の花蓮じゃない。
身勝手だとは分かっている。だけれど、こんな笑えない芸を見せられるのなら、好きになんてなりたくなかった。
——私の知ってる花蓮を、貴女自身が壊さないで。
「いやいや、俺がウケなかったのはあのレスラーのせいですって!」
席を立とうとしたところ、トークの流れが変わっていた。ネタがウケなかったことをイジられた芸人が、舞台袖に立つ花蓮を指差して叫んでいる。
笑えない悲劇は続く。
「なんだオイ、やるかー!?」
ケンカを買って、花蓮が中央に出ていく。言葉での煽り合いはまさにプロレスだ。花蓮が何を言うか気になる気持ちと、今すぐ逃げたい気持ちで動けない。
「お前、そんな芸風のくせに楽屋で暗すぎんだよ!」
「営業妨害だやめろー!」
花蓮はヘッドロックをかましていた。凍りついた地下がようやくゆるやかに解けていく。
だけれど私は笑えない。こんなもので笑いたくはない。
「そういやお前、一人前にラジオやっとるらしいな?」
「その芸風で?」
ドッ、と会場が笑いに包まれる。気持ちのいい笑いじゃなかった。
明らかに新島花蓮と番組をバカにした失笑が、舞台と客席にあふれている。最前列の笑い袋おじさんも、斜め前のお笑いフリークも。背後の方の女の子も。
「それはまー、いいじゃん?」
「いや、この流れで話さないとかありますー?」
「どんなラジオやってんだよ。ちょっとやってみろよ」
花蓮が追い込まれていく。会場が笑ってしまったからだ。とにかく笑いが欲しい芸人たちは、スベった分を埋め合わせようと安易な笑いに逃げてしまう。
笑いなんて簡単だ。その場で一番浮いている、出る杭を常識で打てばいい。
——やめて。
花蓮はわずかにたじろいだ。だけれど、咳をひとつ。声の調子を整えて、一番近くに立てられたサンパチマイクに向かって声をあげる。
「そいじゃ、今夜も始めましょう。FMあさがや水曜日。新島花蓮の、夜でもあさがや!」
聴き慣れたタイトルコールが生で聴けたって何も嬉しくない。漏れるのは失笑だ。やらされて、スベらされた。数秒の沈黙の後、芸人たちは一様にさっきの展開などなかったように、全く別の話を始める。スカしてハシゴを外す、悪い笑い。
「ちょっと待ってくださいよー!」
花蓮はそれでも食らいついた。若手芸人に許される、スカしへの対抗手段。だけれどこの流れは花蓮自ら、自分をイジって笑いをとっていいと宣言したことに他ならない。
当然、笑いに飢えた地下のハイエナたちは花蓮に牙を剥く。
「お前ラジオやりたいのかキャラ芸人なのかどっちなんだよ? 迷走しまくってんじゃん」
「迷走してるから地下芸人やってんだよ悪いかー?」
「うわ、ヒステリーや! こッわ!」
「やっぱ女芸人って怖いわー」
不愉快だ。無理解も甚だしいバカどもの最低のイジリに晒されていることが。しかも花蓮以外の女芸人も、同調してイジリに加担していることが。
「一緒にしないでくれますぅ? 私は花蓮ちゃんより可愛いのでー」
「どこがやねんブス!」
あまり容姿のよくないぽっちゃり系の女芸人を、相方の女芸人がツッコむ。そして笑いが生まれる。地下には守るべきコンプライアンスなんてものはない。客層もまた、とやかく言うものの居ない無法地帯を求めて地下にやってくる。
日の当たらない地下芸人。言い得て妙だ。こんな連中に、地上の光が差すはずがない。
ここは地の底。地獄だ。
「ラジオ一本に絞って芸人卒業した方がいいんじゃね?」
「それではこれより、マスクド花蓮の引退セレモニーを行います。マスクをお脱ぎください」
司会者まで加わって、会場内で「脱げ」のシュプレヒコールが巻き起こる。地下に生まれたのは花蓮イジリの一体感だ。芸人たちの手拍子に合わせて、まばらな観客たちも同じように手拍子とコールを始める。最前列も、斜め前も。視界に入らない背後の客たちも。
——やめろよ。
周りがどれだけ拍手を煽っても、コールを焚き付けても、私は手も唇も動かさなかった。
知ってしまったからだ。
花蓮は芸の話に熱を込めていた。告知やネタを見てほしいと話したのは、それだけお笑いが大好きだから。
絶対に拍手なんてしてやらない。絶対にコールもしない。
ここにいる腐れ芸人どもを全員薙ぎ倒してほしい。花蓮が愛している芸の力で。
「花蓮は芸人、やめへんでーっ!」
「今そんなんいらんねん。はよ脱げや!」
こんなのはイジりじゃない。澱んだ地下の陰湿なイジメだ。
足に力を入れる。立ちあがって叫ぼう——とした瞬間、私の握り拳を誰かが掴んでいた。
三ツ矢華だ。
「あーちゃん」
「なに!」
「落ち着いて」
「私は落ち着いてる」
「やめろって叫びたいんだよね? わかるよ」
図星を突かれて、自分の声色の強さと表情にこもる力に気づいた。
「ハナはあーちゃんと同じ気持ちだからね」
身を寄せられ、手を握られる。あの華に。
5分話しただけで底が知れる、キラキラすることが大好きな甘々脳内お花畑。趣味もテンションもまるで合わず、一緒に居たら疲れるだけの女。だけど、割れんばかりのシュプレヒコールの中でも、彼女はイジりの空気に当てられなかった。
「出ようか、ハナちゃん。気分悪いから」
「だね」
「脱げ」のコールは鳴り止まない。花蓮が覆面を脱いで素顔を晒さない限り、収拾はつかないだろう。顔が見たくないといえば嘘になるけど、それはこの悪ノリに加担したのと同じだ。
立ち上がった。
華も倣ってついてくる。舞台上や客席から視線を感じたが、どうでもいい。花蓮をバカにして喜ぶような、無法地帯の連中と同じ空気を吸いたくない気持ちの方がなによりも勝っていた。
そのときだ。会場の出口に手をかけた背後で、ひときわよく通る花蓮の声が聞こえた。
「脱ーげ! 脱ーげ!」
なぜか花蓮までもがコールに参加し始めた。ヤケにでもなったのか。
振り返って舞台を見ると、舞台中央で槍玉にあげられているのは花蓮ではなかった。引きずり出された別の芸人が、シュプレヒコールを浴びている。まるで舞台の主役であるかのように。
「あーちゃん行こ」
「待って」
コールは今や、花蓮に最初にウザ絡みした芸人にすり替わっていた。
笑いの流れが変わったのだ。
ウザ絡みした芸人は抵抗したが、周囲を取り囲まれ、衣服を引き裂かれる。場内は笑いに包まれ、今度は別の誰かが誰かを指定し、また「脱げ」のコールが場内にあふれ、ひとりまたひとりと裸になっていく。
花蓮は賢かった。
どんなにバカにされて追い込まれても、花蓮は芸風を守りきったのだ。
「……やるじゃん」
これが、花蓮の愛する芸の世界。コンプライアンスもアップデートの波も届かない密室芸の無法地帯。ラジオの花蓮とはまるで違うけれど、楽しそうに笑っている。いきいきしている。
——本当に、芸が好きなんだな。
不意に、花蓮がこちらを見た気がした。思わず小さく会釈すると、「脱げ」コールの手を目立たないように手を振ってくれた、ような気がした。
「がんばって、花蓮」
彼女のことをひとつ知れた。来てよかった。
そして前髪を直しておいてよかったと、窓ガラスに反射した自身を見て思った。
*
「面白かったけど、最後の悲しかったね。イジメみたいで〜」
「あれを面白いと思える感性が信じらんないわ……」
ライブ後、私は華と悠里の店、アランシアに足を運んでいた。店内を満たす森林のアロマに、焼き立てアップルパイの香りが混じっている。小腹がきゅうっと音を立てた。
「よかったわ、観に行かなくて」
ふたりして不満をこぼしあうところに、悠里がカットしたアップルパイを持ってきてくれた。ティーコジーで覆った陶器製のポットの中身はダージリン。店内の内装、アロマ、食器、お菓子にお茶の優雅なティータイムと、悠里の美学が空間に満ちている。客は私たち以外にいなかったが。
さっそくインスタ活動に夢中の華を詮なく見つめていると、隣席に悠里が腰を下ろした。頬杖をついてこちらを見つめながら、不敵に笑っている。
「聞かせて? どんなチャレンジだった?」
起こったことを適当に説明していると、インスタ活動から戻った華も加わって話は輪をかけて広がるばかりだ。せっかくの焼きたてのアップルパイ、淹れたての紅茶が冷めてしまう。
「まあ、とにかく不愉快だった感じ。悪いことばかりでもなかったけど」
「ネタは面白かったね〜。あの粉モン漫才好き〜!」
アップルパイを頬張って、華は顔面を蕩けさせる。
「よかったじゃない。ライブは初めてだったんでしょう?」
「そうなの〜!」
そして、ライブで観てきたネタを楽しげに語り出す。粉モン漫才や、全身鈴人間が歌って踊る「うっせぇわ」が本当にうるさかったこと、謎の覆面レスラー女子高生のシュールな笑いを熱を込めて。
きっと、本当に楽しんだからこそ言葉に熱意がこもっているのだろう。語り口は、ラジオから語りかける花蓮にも似ていた。
「そんな楽しかった?」
「うん! 知らない人たちばっかだったけど、テレビで見るより面白かったの! ナマで見ると全然違うよね」
華の言うことも、今では共感できる。
実際、ナマで見ると違った。新たな発見はたくさんあった。
「たしかにねー。ライブは一体感が大事って聞いたことあるし」
「一体感! うんうん、みんなでシェアしてる感じだよね!」
「最後の一体感は要らなかったけどね」
「あーちゃんとは同じ気持ちだったからいいの!」
「えへへ」と笑う華は、どこまでもまっすぐで、どこまでも裏表がなく、どこまでもきらめいていた。
——ああ、そうか。華はきっと、知って共感しあいたいのだ。
好きピもインスタのフォロワーも商店街の人々も。そして私のことさえも。
「ハナちゃんは……」
「んゆ?」
ずっと住む世界の違うお花畑女だと思っていた。
だけどほんの少しだけ私と似ている。イジメを見ると気分が悪くなるところや、困った人を見ると放っておけず手を差し伸べたくなるところが。
「変わってるって言われない?」
「よく言われるんだ〜。そんなヘンかなぁ?」
うわべで、見かけだけで華のことを知った気になっていた。5分喋ったら人となりがわかるなんて傲慢もいいところだ。
本当は、知れば知るほど見つかるのだ。
人は見かけが9割なら、捨てられた1割の中にある似たところ。好きになるためのキッカケが。
「かわいいと思うよ。それもハナちゃんの魅力」
「あーちゃんもかわいいよ」
真っ正面から、とんでもなくまっすぐな華の言葉にくらりとめまいがした。
現金なものだ。共感できるところが見つかった途端、華に彼女がいなければなんて思ってしまうのだから。
「そうやって女の子口説くの?」
「ナイショ♪」
「ふふ。そう言われると知りたくなるわね。ハナさんの恋バナ」
「えへへ〜」
もっと知りたい。華のことも、悠里のことも。
そして何より、地下芸に情熱を傾けているラジオではない花蓮のことも。
*
「新島花蓮……あった」
アランシアで解散しての帰り道。私はさっそく、いま一番知りたい女性の名前を検索していた。同姓同名の人物を外しながら探すと、阿佐ヶ谷を拠点にする小さな劇団のホームページに彼女の写真を見つける。
プロフィールに大した情報はない。誕生日と身長、好きな食べ物と趣味——ラジオとお笑い——が並んでいるだけ。あとは出演歴が並んでいるくらいだ。レギュラー番組の《よるがや》は載っていなかった。更新されていないのだろう。
「ま、知ろうったってそんな簡単には知れないよねー」
当然か、と思ってスーパーに寄り道する。晩酌用のストロングな友達と適当につまめるモノを買って会計を終えたところで、足が止まった。
「あ……」
自動ドアの向こう、商店街を新島花蓮その人が歩いている。舞台を降りれば当然覆面もつけていない。素顔だ。とっさに物陰に隠れて、花蓮の行方を目で追う。そしてなぜか、跡をつける。
——いや、私は家に帰ってるだけだから。
たまたま花蓮の足取りが家の方角だったから、そんな言い訳を自分に言い聞かせる。あくまでたまたま、同じ道のりを歩いているだけだ。これは断じてストーカーじゃない。だから途中でドラッグストアに入ったりしたら、尾行じみたことはやめるワケで。
花蓮はドラッグストアに吸い込まれていった。
「そ、そういえばトイレットペーパー切れてたかも……」
たまたま日用品がないことを思い出して、同じドラッグストアに立ち寄った。たまたまシャンプーの詰め替えを買いに来た花蓮を見かけただけだし、たまたま花蓮の次に会計をしてもらっただけ。その後も足取りもたまたま同じだった。だからこれはストーカーじゃない。
しかし、たまたまは続きすぎた。
「え、ここ……」
阿佐ヶ谷商店街からほど近く。地上3階建て、全18戸。築30年の年季が入った1Kマンションに花蓮は居た。郵便受けを漁って、階段を登っていく。2階廊下から数えて3番目、203号室のドアノブを回して彼女は消えた。
阿佐ヶ谷のことならなんでもやる商工会でも、不動産事業は扱わない。だけど私は、このマンションのことならよく知っている。
なぜなら。
「隣に住んでたんかい!?」
202号室、古橋綾。
電波越しにピロートークするパーソナリティは、なんと壁越しの部屋に住んでいた。
阿佐ヶ谷ステイチューン パラダイス農家 @paradice_nouka
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