幸せ食事計画~フードエッセイストの百物語

鶴崎 和明(つるさき かずあき)

第1話 肝臓にささげるミニかけそば

 毎日のように変わらない朝を過ごしていると、どうしても一つの習慣のようなものができてきてしまう。

 例えば、起きてすぐにコーヒーを淹れて口を清める、カーテンを開けて新鮮な朝日を身に浴びるなど大人に相応しい朝の過ごし方というものをされている方もいらっしゃるかもしれない。

 健康のために近所を軽く駆けて回るというのも清々しい。

 東雲と共に愛猫の食を準備するというのは、当人の苦笑はともかくもほほえましい光景である。


 そのような種々の例から漏れる私は、毎朝、自分の身体に一つものを訊ねるようにしている。

「昨日の酒は残っていますか」

 これに脳がはつらつと返事をしてくれればよいのだが、月に一度は先に胃が胸やけを以って応じるから困ったものである。

 そのような時はひたすらに懺悔を捧げるのに徹するのだが、これを免罪符にその晩も肝臓に過重労働を課すのだから目も当てられない。


 一方で肝臓は少々疲れているものの、胃ははっきりしている朝もある。

 昔はそれをカップの味噌汁で迎えたものだが、熊本に移ってからはかけそばで応じている。

 それもそば屋の一杯ではなく、熊本ではロードサイドに点々と連なる「おべんとうのヒライ」がミニかけそばである。


 少々やつれた顔をデミオにさらしてゆくと、気づけば見慣れた看板の下に佇んでいる。

 緑と赤を基調としたポップな看板は、二日酔いの一歩手前の頭を揺さぶるには十分であり、とはいえ、暖色の外装が自然体で私を受け入れようとする。

 中に入り券売機の前に立つまでは何にしようかと悩むのだが、プリペイドカードをかざすとともに指はミニかけそばを頼んでいる。

 せめて生卵でもつけようかという思いは一瞬で消え、出てきた番号札を背広のポケットに突っ込み、周りに人の少ない席の前へ立つ。

 座ればよいのかもしれないが、あっという間に番号を呼ばれてカウンターに向かうのだからそれも煩わしい。

 小さなお盆の上に乗ったどんぶりへ、レンゲ三杯分の天かすとドレッシングの容器に入った一味をかける。

 少々多すぎたかと苦笑して席に着いてからは、ただ無言で啜っていく。


 何か特別なものが使われているわけではない。

 見慣れた業務用の冷凍めんにやや塩気のある希釈出汁がそこには広がるだけである。

 ネギは少なく、それでもその小気味良い音でしっかりと役目を果たすから立派なものだ。

 天かすの油が次第に汁へと溶けてゆき、それが少しずつ胃の中へ収まっていく。

 めんを啜る音、車の行き交い、調理の様子だけが耳に広がり、全ての動作が小さな器に集約されていく。

 ひと息吐いて、合掌。

 やはりわずかに余計であった油分にはにかんで、ごちそうさまの一言と共に店を出る。


 覚めた頭脳は今日の仕事に血を巡らし、醒めた胃袋は昼に向かって動き出す。

 それが上手く動き出した私の朝である。

 なお、これまた月に一度あればよい方であろう。

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