第5話 声にならない叫び~鶏卵の場合
帰宅して最初にやることが電気ケトルに水を注ぐことというのも悲しいが、これをやっておかなければ夕飯にありつけぬ以上、仕方がない。
長らく使い続けてきたこのケトルもそろそろ限界かなと思いながら、もう二年は使ってる。
最近は水を一リットル以上入れると漏れるようになってきたから本格的に買い替え時が近付いてきてるのかもしれない。
気付かないうちに罅割れて様々なものが漏れ出していくというのは薄暗い部屋にあってひどく象徴的だという感傷も、沸き立つ湯気に溶け込んでいく。
冷蔵庫からタッパーに詰めた白菜づけを取り出し、小鉢に盛る。
三日目ともなると浅漬けに少し酸味が増してきて、透明感が増している。
控えめに一味を一振りするのは、ただ夕食の箸休めにするためではない。
これで純米のワンカップを一本だけ空け、繁忙期の肝臓を労うのだ。
傍の汁椀にはインスタントの味噌汁を開け、ゆっくりと沸き立った湯を注ぐ。
生みそタイプも良いのだが、最近はドライフーズにもいいものが増えている。
もちろん、自分で作ればそれが最も良いのだが、一人暮らしで味噌汁となると三食はいただかねばならぬため、豚汁に限ることが多い。
無理をした自炊ほど自分のリズムを崩すものはなく、機械に満たされた社会にあっては文明の利器に頼るのも悪くない。
瞬く間に終わった晩酌に名残を惜しみつつ、ご飯をよそう。
小さめの茶碗にこんもり盛り付けると、上に醤油を垂らして冷蔵庫から卵を取り出した。
繁忙期に手間を省こうとすると、この組み合わせがどうにも性に合っているようである。
あれば白菜漬けを野沢菜漬けや高菜に変えるのだが、近頃は野沢菜昆布ばかりであるため白菜との仲が深まり過ぎている。
醤油も出汁醤油を使うこともあるが、濃口醤油一本でやるのがこうした時には性に合っているようだ。
卵かけご飯も人によって様々なこだわりが出る食である。
それに対して、私はその場の雰囲気でなんとなく組み合わせてしまうため、強いこだわりというものはない。
食感を考えてカラザを取ることもあれば、タンパク質を残さぬよう全て混ぜこむこともある。
そして捨て鉢のような心持ちの時は、何も小細工をせず熱い飯の上にそのまま卵を落とすようにしている。
机の平らなところで罅を入れ、慣れた手つきで少しだけへこんだところに黄身を落とす。
褐色の殻の合間から、漏れ出た金色は見事に銀シャリの台座に座り、その後を穢れを知らぬ白身が追う。
黄身の上を滑り、ご飯の山を越え、茶碗の堀に至った一群は、そのままの勢いを殺さず中空へと飛び立っていく。
ああ、これはK点越えをするだろうなという乾いた笑いと共に、彼らは机に降り立った。
深夜二時に轟く心の叫びは、冷ややかに一人暮らしの部屋に消えた。
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