第6話 殺人姫殺人事件

 迷探偵は自分の探偵事務所の窓から外を見ていた。

 全鬼面殺人事件から2か月が経っていた。

 屈強な自衛隊員たちをもってしても、殺人姫を殺すことはできなかった。

 もうぼくには彼女を倒すことはできないかもしれないな、と彼は思った。

 無力感に苛まれていた。

 世間は数々の大量殺人事件によって恐怖に包まれている。

 犯人は殺人姫とその母の宇宙人。

 無敵の殺人犯と呼ばれている。

 探偵事務所はごく普通の住宅地の中にあり、窓の外の風景は平凡だ。

 しかし、迷探偵は目を見張ることになった。

 黒いフードをかぶった人物が歩いていて、迷探偵の方を向き、微笑んだのだ。

 殺人姫だった。

 彼女は探偵事務所の呼び鈴を鳴らした。

 迷探偵はドアを開けた。

「やあ、迷える探偵さん、こんにちは」

「ぼくを殺しに来たのか?」

「いや、殺さないよ。殺人はもう飽きちゃった。わたしとお母さんは無敵だということがわかった。好敵手がいない殺人に面白味はないね」

 殺人姫は無遠慮に事務所に入り、勝手に応接セットに座った。

「お茶でも出してくれないか?」

「ちょっと待ってくれ」

 チャンスだ、と迷探偵は思った。

 彼は極秘裏に入手していた青酸カリを入れたコーヒーを殺人姫に出した。

 しっかりと飲んだが、彼女は死ななかった。

「毒も効かないんだよ」

 バレていた。

「わたしはもう殺人はしないよ。さっきも言ったけれど、殺人はもう飽きたんだ。まだ死ぬ気はないから、身にかかる火の粉は払うけれどね」

「あなたは裁判を受け、死刑にならなければならない」

「わたしは日本国民ではない。人間じゃないんだ。裁判を受ける必要はないね」

 殺人姫は物憂い顔をしていた。その憂い顔があまりにも美しくて、迷探偵は見惚れてしまった。

「今日は何をしにここへ来たんだ?」

「さよならを言いに」

「勝ち逃げは許さない」迷探偵は強がって言った。「いつかあなたを殺してみせる」 

「あなたとの遊びは楽しかった。でももう終わりだ。わたしは日本から出る」

 迷探偵は落胆した。失恋にも似た気持ちになった。

「わたしとお母さんはアメリカ合衆国に行って、戦争を始める。最強の国との戦争だ。それぐらいしか楽しそうなことがない」

「殺しはもうしないんじゃないのか?」

「単なる殺人はしないよ。戦争での殺しは一般的には殺人とは言わないよね?」

「人を殺したら、それは殺人だ」

「見解の相違だ。議論をするつもりはないよ」

 迷探偵はポケットからナイフを取り出し、殺人姫の心臓に刺した。

 彼女は死ななかった。血は出たが、すぐに止まった。

「わたしは容易には死なない。日本での殺人にはもう刺激を感じなくなってしまった。迷える探偵さん、あなたのことはけっこう好きだったよ。遊んでくれてありがとう。さよなら」

 殺人姫は迷探偵の心を奪うような可憐な笑みを見せた。

 彼女は探偵事務所から出て行った。

 迷探偵は我知らず泣いていたが、長い間それに気づかなかった。

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全方位殺人事件 みらいつりびと @miraituribito

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