第5話 全鬼面殺人事件
迷探偵の母は投資家だった。
使い道のないお金を何百億円と持っていた。
迷探偵は母のためにショートケーキを買い、紅茶を淹れた。ときどき行っている親孝行だ。
「あなたにお金をたっぷりとあげてもいいわよ。使い道によってはね」と彼女は言った。
「ぼくは殺人姫を倒すためにお金を使うよ」
「ふうん。楽しそうね」
「楽しくなんかないよ。命懸けの仕事だよ。しかも誰かが報酬をくれるわけでもない」
「前金10億円、成功報酬としてさらに10億円あげるわ。贈与税を払わなくてもいいお金を」
「脱税するの?」
「やり方があるのよ。あなたは何も心配しなくていいわ」
「20億円も……」
「私にとってはお小遣い程度の額でしかないわ。思いっ切り使いなさい」
母はうふっと笑った。
迷探偵は10億円が彼の口座に振り込まれたのを確認してから、行動を開始した。
彼は陸上自衛隊駐屯基地の出入口に立ち、スカウトを始めた。
これは強靭そうだと思った人物には声をかけた。
「あなたはずっと陸上自衛隊員でいるつもりですか? 手っ取り早く2億円稼ぐつもりはありませんか?」
あからさまに怪しい人だった。相手にされないことが多かったが、ときどき興味を示す人物もいた。
出入口から追い払われることもあった。
そんなときは、近くの喫茶店に入り、出入口を見張り、これはという人物を見かけたら、出て行って声をかけた。
興味を示す人物が13人になったとき、迷探偵は喫茶店を貸し切りにして、説明会を開いた。
「参加報酬1億円、成功報酬さらに1億円のミッションがあります。殺人姫を殺すという危険なミッションです」
13人全員が迷探偵の顔を見た。彼は真剣そのものだった。
「ぼくは20億円の資金を持っています。参加者は9人。全員でミッションに取りかかってください。誰かひとりでも成功したら、全員に成功報酬を払います。協力し合ってミッションを遂行してください。最大の功労者とぼくが認める人の成功報酬は2億円です」
12人が身を乗り出し、ひとりが椅子の背もたれに体重を預けた。
「宇宙人と吸血鬼が任務遂行の障害となる可能性があります。障害は排除してください。9名が参加の意志表明をした時点で、1億円ずつ指定の口座に振り込みます。契約違反は死刑です。途中で任務を放棄したら殺します」
「殺すって、誰が実行するんだよ?」とひとりの自衛官が訊いた。
「ぼくが殺します」と迷探偵は平然と答えた。「地の果てまで追ってでも殺します」
「ふん」その自衛官は椅子の背もたれに体重を預けた。
「武器は1億円で調達します。参加者9人で何を用意すべきか考え、ぼくに申告してください。念のため対吸血鬼兵器および対宇宙人兵器を準備することをおすすめします」
「1億円じゃ足らねえよ」と別の自衛官が答えた。
「そう思うのなら、参加報酬から武器代を出してください。これは正義の戦いなのです」
「ふん」その自衛官も椅子の背もたれに体重を預けた。
「もしその戦いで死んだらどうなる?」とまた別の自衛官が訊いた。
「任務自体が成功したら、死亡した方にも追加の1億円を指定の口座に振り込みます。ご心配なら、ご遺族になられる方の口座を指定しておいてください」
「ほお」その自衛官はさらに身を乗り出し、前のめりになった。
「参加する方は、ただちに自衛隊から退職してください。現役自衛官に非合法活動をしていただくわけにはいきませんので。では、殺人姫と戦う意志のある人は挙手してください」
11人が挙手した。
「報酬は9名分しかありませんので、2名には辞退していただかなければなりません。誰か辞退してください」
誰も辞退しなかった。
「じゃあ、じゃんけんをしてください」
「じゃんけんで決めるのか? 強さとかじゃなくて?」
「運も大事な条件です。さあ、早くじゃんけんをしてください!」
2億円を賭けたじゃんけんが行われた。ふたりが敗退した。屈強そうな男ふたりが脱落し、迷探偵は残念に思ったが、やむを得なかった。
迷探偵は次の日に大金の振り込みを行った。
1か月後、迷探偵と元自衛官9名がまた喫茶店に集まった。
「必要な武器を決めてください。手に入る範囲で」
元自衛官たちは、米軍から武器を横流ししてもらう方法を知っていた。
サブマシンガン9挺、手榴弾18発、銀の弾丸とそれを撃つ装飾拳銃9挺を米軍闇市から購入することになった。資金は1億円では足りなかったが、参加者たちが不足分を提供することになった。重装備は自分の身を守るためでもある。
「あなたたちを鬼面部隊と命名します。ぼくが鬼面隊長で、あなたがたは鬼面隊員です」
「鬼の面でもかぶるのか?」
「不要です。あなたがたはすでに鬼相をしている」
「あんたは鬼には見えねえ」
「そうですか……」
そう言われて、迷探偵はいささか悄然とした。
「まあいいです。まずはこのモンタージュ写真の女を探してください」
迷探偵は殺人姫のモンタージュ写真を見せた。それはよく出来ていた。警察がつくったものだ。
「これは宇宙人のモンタージュです」
もう1枚見せた。殺人姫の母の写真だった。こちらの出来はあまりよくなかった。
「吸血鬼の写真はないのか?」
「ありませんが、そのふたりと同居している男がいたら、まちがいなく吸血鬼です。躊躇することなく、銀の弾丸で殺してください」
鬼面部隊は行動を開始した。2か月で殺人姫の居場所を突き止めた。いかにも吸血鬼が潜んでいそうな山の上の洋館に、殺人姫と宇宙人と怪しい男が住んでいた。
「警察は何をやっていたんだ……」とひとりの元自衛官がつぶやき、残りの8人がうなずいた。迷探偵は憮然としていた。
決行は新月の夜に行うことになり、追加で赤外線レンズ眼鏡と防刃チョッキを10名分調達した。
準備万端整い、鬼面部隊は洋館の前に集合した。
「隊長、あんたは突入するな。あんたが死ぬと、報酬が振り込まれなくなる。そいつは困る」
そう言われて、「わかりました」と迷探偵は素直にうなずいた。
鬼面隊員9名が洋館に突入した。
防犯カメラを見ていた殺人姫がただちに反撃した。透明なナイフを飛ばした。
防刃チョッキがナイフを跳ね返した。
鬼面隊員たちは洋館の1階大広間で殺人姫を発見し、全員でサブマシンガンを連射した。
殺人姫は念力で全弾を止めた。
隊員たちの背後から吸血鬼が現れ、ひとりの元自衛官に襲いかかり、首筋に噛みついた。
8人が銀の弾丸を発射し、吸血鬼は瞬殺された。
「お父さん!」殺人姫が叫んだ。「やった! 狙いどおりだわ! セクハラ親父が死んだ!」
殺人姫の背後から宇宙人の母が現れた。
鬼面隊員たちは手榴弾を投げようとしたが、手が動かなかった。殺人姫の念力のためだった。
「くっ、これほどの力を持っているとは……」
「水に変身!」と宇宙人が叫び、水に変身した。その水はあっという間に鬼面隊員たちを覆い、彼ら全員を溺死させた。
確実に殺してから、宇宙人は元の姿に戻った。
「お父さんが死んでよかったわね。どこかへ引っ越して、ふたりでしあわせに暮らしましょう」
「ええ、お母さん。でもその前に、迷える探偵さんにあいさつしてくるわ」
殺人姫は洋館の門を出て、迷探偵に会った。
「殺人姫! あなたは死ななかったのか?」
「このとおり生きているわよ、迷える探偵さん。あなたが派遣した殺し屋たちは、わたしのお父さんの殺害には成功したわ。家庭内セクハラ親父の吸血鬼を殺した。でもわたしとお母さんは生きている」
「ちくしょう! ミッション失敗だ! さあ殺せ!」
「あなたは殺さないわよ。生かしておいた方が面白いもの」
やがて洋館が火に包まれ、宇宙人が出て来た。
「さあ行きましょう。今度はもっと見つかりにくいところへ」
母が言い、娘がうなずいた。
迷探偵はふたりが去って行くのを呆然と見送った。
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