第52話 それからの始まり

 「おーい、良樹」


 教室の入り口で実菜穂が良樹を呼ぶ。実菜穂は淡いオレンジを基調としたセーラーを身につけていた。城東門校の制服だ。進学校でありながら、明るい色合いの制服は他校でも人気がある。


 実菜穂の声に、教室の生徒からは一斉に注目を浴びる。良樹は、実菜穂に近づいていく。相変わらずの長身は、教室でも目立った。実菜穂と陽向は同じクラスとなったが、良樹、秋人はそれぞれ別クラスであった。


「おまえここでは、結構有名人なんだぞ。ただでさえ目立つのに」


 そう言いながら良樹なりに気遣って、実菜穂を長身の体でクラスの目から遠ざけた。


「『も』かあ。それは、光栄です。それはそうと、話なんだけど。今度の土曜日は、陽向ちゃんの神社の手伝いに人手が必要なの。秋人は手伝いに来るけど、良樹はどうかなあ。あー、無理だよね。バスケあるかあ。陽向ちゃんに伝えとくね」


 実菜穂は、良樹を見上げて笑いながら言った。


「午後から行く!練習終えて行くから、陽向に言っといてくれ。いいか、行くからな」


 良樹は、実菜穂に乗せられてることを承知で答えた。弱み丸出しの状況である。

 

 陽向の神社の拝殿近くに小さな祠がある。そこにみなもは立っていた。白き着物に長い髪、髪飾りは藤の華を咲かせていた。神社は、雨の一件でニュースにも取り上げられ、参拝者は以前よりもさらに増えていた。みなもの祠もその影響でお参りする人が後を絶たなかった。みなもは、火の神の社を参拝する人の様子を笑顔で眺めていた。火の神は、そんなみなもを眺めて笑って手を振る。みなもは、火の神に気がつくとプイっと参道の方に顔を背けた。それでも火の神は、笑顔で眺めていた。

 

 実菜穂がみなもの祠の前にきて話しかけた。


「おはぎ、買ってきたよ。一緒に食べよう」


 そう言うと、実菜穂は陽向の家に向かった。一足先に来ていた秋人は、神事の作法を陽向から教わっていたところである。松葉色の装束姿がとても似合っていた。


「秋人似合ってるよね。さすが、覚えも早い。実菜穂ちゃん、どう?」


 陽向は、実菜穂の反応を見ていた。


「うん。立派な神職だね。さまになってる」


 実菜穂は、何度もうまずきながら、初めて見る装束姿の秋人に見とれていた。

 秋人は実菜穂の視線につい耐えられず目をそらした。陽向は、それを見て笑っていた。


「そうだ。良樹には、一応、言っておいたから。午後から来るから伝えてくれって言ってた。良樹には声を掛けておかないと、絶対、文句言うんだから。陽向ちゃん、後のご指導よろしくお願いします」


 実菜穂は、先ほどのお返しにと陽向を見たが、陽向は全く意に介していない様子だった。実菜穂と秋人は苦笑いをして顔を見合わせていた。


「そうそう、おはぎ買ってきたんだ。良樹はいないけど、みんなで食べようよ」


 実菜穂の言葉に二人は賛成した。


 実菜穂、陽向、秋人がテーブルを囲んで座ると、そこにみなもが加わろうとしていた。実菜穂は、みなもの分を自分の横に置いた。秋人は、その様子を見て実菜穂と陽向に聞いた。


「なあ、間違っていたら悪いが。あの水の神様って、ひょっとして今、俺の後ろにいない?」


 そう言いながら、秋人は自分の後ろを指さす。そこには、みなもが両手を腰にあてて立っていた。


 実菜穂と、陽向はウンウンとうなずいた。


「秋人、分かるの?」


 実菜穂が聞く。


「何となく涼しい空気を後ろに感じる。すごく優しく・・・・・・いや、今は落ち着かない感じ。なんか、オハギを見ているような。俺、変なこと言ってるか?」


 秋人は、首を傾げながら自信なさげに言った。


『当たっておるではないか。こやつ感がええのう』


 みなもは、意外そうな顔をして秋人を見た。


 それを見て、実菜穂も陽向も笑う。秋人も笑う。もちろん、みなもも笑った。


 神と人とが同じ時間を分かち合うこと。それがこれからも続くことを実菜穂はワクワクする思いで感じていた。 


 なぜなら、これは神と人が出会っていく話のほんの始まりなのだから。 


             (了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みなものみたま 1 ~神の御霊の帰る場所~ 水野 文 @ein4611

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画