第51話 みなもが帰る場所(4)
大粒の雨が舞台を洗い流す。ひとしきり、埃が落ちたところで、実菜穂は鈴をおろした。雨は徐々に優しくゆったりと降るようになった。その様子を陽向はじっと見ていた。やがて、陽向の瞳が日いづる天界のように深紅に輝く。みなもに合わせるように、火の神もその姿が成長したものになっていた。熱くそして力強い炎のオーラを纏い、全身から発する光は更に重みのある神々しさを持ち陽向を包み込んでいた。
実菜穂は、鈴を持ち霧雨の中、ゆっくりと舞う。それは、水の恵みを受けた川の水面のように途切れることが無く、流れていくように舞った。
『実菜穂、儂はお主に何度も助けられた。人から忘れられ、消えてしまいそうになったとき、儂を見つけてくれたのが実菜穂じゃ。儂は嬉しかったが、その嬉しさに甘えることが神として怖かった。じゃが、それは、自分が人を知らないからなのかもしれぬ。儂は、もっと人を知り、神と人がもっと分かり合えるようになれればと考えておる。実菜穂、お主がその力を儂にくれた。お主がいてくれれば、儂も強くなれる』
「みなも、もう、何も言わなくて良いよ。私はみなもが好き。それに、水波野菜乃女神、アサナミの神も尊敬している。みなもが、いてくれるのなら私も神様をもっと知ることが出来る。それが、なにより嬉しい」
『実菜穂、ありがとう。じゃ、まずは、この場を与えてくれた陽向と火の神に礼を伝えねばな。実菜穂、付き合ってくれ』
「うん、もちろん」
実菜穂は、舞を止めた。陽向と実菜穂は見つめ合う。神霊同体となった二人の姿に、人は再びその神秘的な雰囲気に飲まれていた。
今度は、実菜穂が素早く動く。持っている鈴の音が鳴る間もないほどの速さで陽向の後ろに回る。陽向は、それをかわすように実菜穂と向き合うように体勢を変え、実菜穂を抱き寄せようとするが、実菜穂は更にそれをかわす。互いの攻防は、美しい舞となっていた。人はしばし、雨と共にこの舞の世界に魅せられていた。神と人との繋がりを体現した潤いと希望に満ちた世界がそこには広がっていた。人は、神がたとえ見えなかったとしても、希望という光を得てその存在を見つめているということをなによりもこの世界は見せてくれているのだ。
その後、雨は優しく三日降り続けた。ゆっくりとダムの水位も回復し、水の恵みは隅々まで行き渡った。今まで、殆ど降雨が無かったのに草木が生きていたのは、火の神と山の神が多くの神々と示し合わせていたからであろう。みなもを大切に思う神はいたるところにいるということなのだ。
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