第50話 みなもが帰る場所(3)
実菜穂は、懸命に舞った。みなもへの感謝の思いを込めて舞った。不安など微塵も滲ませず、一心だった。だが、集まった人は、まだ去ることはなかった。期待するものをひたすら待つかのような視線を二人に注いでいた。喉も体も乾ききり、実菜穂は意識が遠のきかけていた。脱水症状! まさにそれだった。
陽向が実菜穂の様子を気にして手を差し伸べたそのとき、辺りを涼しげな空気が包み込んだ。感じたのは、実菜穂や陽向だけでなく、舞台周りの人々にも伝わってきた。実菜穂は、薄れゆく意識の中に潤いを感じていた。そして、再びあの時と同じ感覚が実菜穂を覆った。たちまち体の隅々まで清涼な水が流れ込んでくる。火照っていた体も、冷めて意識もはっきりとしてきた。
(みなも・・・・・・みなもなんだよね・・・・・・この感覚、あれ、何でだろう)
実菜穂の瞳からは次々と涙が溢れ出した。喉の奥まで沢山の言葉が出ようとしているのに、一つも形にならない。ただ、涙だけが溢れ出て、景色も見えなくなっていた。
(何でだろう。色々、話したいのに。一言でも言葉にしたいのに、涙だけしか出てこない)
実菜穂の心の声にみなもが応える。
『実菜穂、お主の思いしかと受け止めた。儂の帰る場所、それはお主の心。ここが儂の帰る場所。ずっと、大切に守ってきてくれた場所。儂は、ここにおっても良いのか』
(当たり前だよ。待ってたよ・・・・・・ずっとずっと。もう・・・・・・戻らないかと思うこともあった。それでも・・・・・・)
言葉では出ない思いを実菜穂は、必死で伝えた。
『実菜穂、儂は、今までに受けた恩の礼をお主に伝えたい。じゃが、この舞台はちと埃っぽいでの』
みなもは、そう答えると、実菜穂が右手に持っていた鈴をゆっくりと真上にあげた。
シャン!
と小さく鈴が鳴る。今まで雲一つ無かった空に薄く雲が差しかかる。地面には日陰が現れた。舞に注目する人の中には、安らぎの声を漏らす人もいた。実菜穂の瞳は青く輝く。人には見えないはずであるが、見えたとしても不思議ではなかった。この、乾ききった空気を一変させた人が目の前にいるのであるから。
陽向の瞳からは、実菜穂の神霊同体の姿が見えていた。いまや太古の神の子となった水面野菜乃女神の姿。瞳はさらに群青色を増し、水の神に相応しい潤いをのあるオーラを纏っていた。それでいて、透き通るような淡い水色の髪には、桜を咲かせた髪飾りが彩り、華びらが舞っている。顔も以前のみなもより少し成長して一段と美しさを増していた。
みなもは、再び鈴を鳴らす。今度は大きく響かせた。
シャーン!
鈴の音が響いたのと同時に大粒の雨が一斉に降り注いだ。辺りの乾ききった大地に雨粒の跡がついていく。木々や建物に当たる雨粒の音が響きわたる。舞台を見る人は、誰一人、その場を去りはしなかった。ただただ、雨に濡れながらも目の前の鈴を掲げる実菜穂を、見つめていた。この雨をいったいどれほど望んでいたのか。その思いといま現実に目の当たりにした美しく神秘的な光景。人は心を奪われそれを見ていた。
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