第49話 みなもが帰る場所(2)

 四月初めなのに初夏の暑さだった。雨は降らず、辺りは砂埃すなぼこりが漂うほど土も空気も乾ききっていた。乾いていたのは空気だけではなく、山も川も草木も鳥も動物そして人も、その心まで渇ききって疲れていた。そのような中で、水波野菜乃女神妹みずはのなのめかみいもの祠や舞の話がでれば、一縷いちるの望みとしてすがろうとするのが人の性というものなのだろう。それが、たとえ根も葉もない噂だとしても。


 実菜穂と陽向は、準備を終えて静かに息を整え、出て行くタイミングをはかっていた。その間も、乾いた空気が周りを包んで砂漠の舞台のように霞んでいた。舞を待つ多くの人の中には、わずかながら野次をとばす人も出てきた。あまりにも男の野次がうるさいので、秋人が止めに行こうとするのを見て、近くにいた良樹が目配せして代わりに止めに入ろうとした。ところが男は良樹が止める前に黙ってしまった。その一瞬、辺りが静かになったタイミングで実菜穂と陽向は舞を始めた。


 良樹は、黙りこくってしまった男を不思議に思いながら、秋人に首を振った。秋人は男が良樹の方ではなく、反対方向に顔を向けているのに気がついた。野次を飛ばした男の横にはポッカリと二人分の空間があった。誰も近づくことのない空間。男の肩を掴んで、ジャージ姿の長身の男子が立っていた。淡いオレンジ色のジャージを着て、男を見ていた。誰にも見えていない男子、日御乃光乃神ひみのひかりのかみだ。その横には、白いシャツに桜色のカーディガンを羽織った女子がいた。頭には桜の華を見事に咲かせた髪飾りを挿していた。みなもである。


「お主の格好、それはどこのものじゃ」

「知らんのか。陽向と実菜穂殿の学校のものだ」

「そうか。お主が着るとちと笑えるの」


 みなもは、実菜穂と陽向の舞を見つめたまま、話した。二人の舞は、以前よりも格段に上達しており、見事に息が合っていた。みなもと火の神は、それを眺めていた。


「思いは伝わっているのか」


 火の神はみなもの方を見て声かけると、みなもは目を閉じ、静かに答えた。


「十分に。なあ、教えてくれぬか。儂はここにおっても良いのか」

「実菜穂殿、陽向の思いがその答え。そして、俺もそう願っている」

「そうか・・・・・・。それにしても、話が変わるが、お主がそうヘソを曲げておっては、姉さの妹達が雨を降らすことができずに困っておるではないか」


 みなもは、火の神に目をやった。火の神はみなもから目をそらせた。


「ヘソなど曲げてはおらん。ただ、俺はお前を粗末にするものは絶対に許さん。この状況で水の恵みを与えられる神は一柱だけだ。それだけだ」

「なーんで、お主が怒っているのか分からぬが・・・・・・。そうじゃ、儂はもう水波野菜乃女神妹みずはのなのめかみいもではないぞ」

「知っておる。水面野菜乃女神みなものなのめかみであろう。すでにお前の母様が神々に触れ回っておる。これで、お前は下座には上がる。神謀りには参上せねばなるまい」

「母さにも姉さにも言われたわ。面倒なんじゃがな、そうは言っておれぬでな」


 みなもは、軽くため息混じりで言いいながら、笑った。火の神も苦笑いをしていた。


「実菜穂殿のお前に対する思いと信頼は厚い。お前にとっても神霊同体と成れる唯一の人。巫女をとる気は無いのか」

「のう、その話、今は止めぬか。巫女になるということは、多くの神に関わるということ。それに、強大な神の力を持つということ。儂は簡単には考えられぬ。それに今は二人の思いは厚いということ、これだけで儂には十分じゃ。これほどの思いを受けた礼を儂はまだ伝えておらぬ。お主にも付き合ってもらうぞ」


 みなもは、火の神を青い目で見つめた。その瞳に火の神は、少し頬を熱くして何度もうなずいた。


「それにしてもお主の舞台、ちと埃っぽいのう。洗い流すぞ」


 みなもと火の神は、実菜穂と陽向の舞が終わった瞬間、光となって消えた。

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