いぬが河川敷を駆けずる。


 幼いわたしはもういぬには目もくれず、川辺のほうに夢中だ。おおきなおおきな水たまりみたいな、川の切れはし。とどこおっているようにみえて、石と石のすき間から水がちょろちょろと染みだして、ちゃんと循環している。川藻が群生していて、水の表面をアメンボがせわしなくふいふいと動きまわる。ごくごく小さな、目をこらしてやっと魚だとわかるくらいの稚魚の群れをみつけてわたしはうれしくなった。


 魚だ、魚。


 おもむろに水のなかに手をいれ、片手でつかもうとしてみる。ぬるい水が肌にまとわりつくだけで、魚はふいふいと逃げていく。

 むこうで魚を探していた父が棒つきアミを片手に、わたしのほうにもどってきた。わたしは日によく焼けてこくなった父の顔や、手が好きだ。かたいけどやわらかい手のひらで、よくわたしをなでてくれるから、この手が好きだ。


「ひとみ、ほら」


 そばによこされた棒つきアミのなかをのぞくと、アミにぺったりと生き物が貼りついていた。わたしはなにかよくわからず目をこらす。それでもよくわからず、アミのしたに手をいれて生き物がよくみえるように底を押しあげた。


「あっ、エビ! エビおったん?」

「エビの赤ちゃんやな。あっちのほうにいっぱいおったわ。エビやったらひとみでも捕れるかもしれんな」


 父の顔はむこうをむく。わたしは手をひかれごつごつした石を踏みしめて、おおきな水たまりのむこう側を目指した。


「エビ、わたしにもとれるんかな」

「捕れたらええな」


 おだやかにひびく声がわたしの背中をなでる。わたしはそれだけでうれしくなって、父のほうをじっとみつめた。ほどなくしてふりむいた父と、目がまじわる。父はほんのり目を細くして、わたしの手をきつくにぎってくれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

廻る、回顧 ウワノソラ。 @uwa_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ