君はわたしの歯車
呉 那須
君はわたしの歯車
小学生よりも前の思い出なんてどれもぼやぼやだけど3歳くらいの時かな、裏蓋の開きっぱだった時計の歯車を飲み込んで病院に連れてかれた事は覚えてる。その思い出は、えーと、詰まるとこ回転する時計の歯車を飲み込んだという事実は何かのメタファー? それとも文脈の読みすぎ? とわたしの脳みそを今現在でも忙しく回し続けてる。
この事を最初こそ両親や姉はそんなん気にせんでもと言ってくれたけど高校生になった今じゃ聞かないフリ。そりゃ何回も同じことを聞かれたらめんどくなるだろうしそれ以外は普通に接してくれるし家族としての歯車は間違っていないんだよね。
なら飲み込んだ歯車に何か意味はあるのかな?この意味に終わりは来るのかな?
「そんな物語みてぇに必要な文脈なんてぶっちゃけないんだから気にする必要ないと思うが」と言ってくれる戸塚くんの答えはおそらく正解なんだと思うしだけど考えずにはいられないって……わたしがなんにも話さなくなると「文脈なんて考えてるうちにどっか消えてくんだからさ、回るのがヤだったらアナログじゃなくてデジタルな時計にすれば止まらないぞ」「そういうことじゃなく……」
何も言い返すことはできない。訳がわかんなくなってきて自分の頭をぽかぽかと殴ってると「からっぽの頭をがこれ以上破壊する気な」
みぞおちを喰らってうずくまってるバカは放って教室を出る。
真剣な悩みを家族以外に相談するのがこいつで失敗だった。
家に帰ってソッコー布団に潜る。
マジ恥ずい。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
戸塚くんは他所様の高校にもにいるような本のむし。2年の時文化祭でホルンを吹いてる時は少し男前に見えてしまったが普段は朴念仁そのもの。こいつは小学校からなんでかずっと同じクラスだけどほとんど視界に入ることはない。何考えてんのかいまいち分かんないしわたしにとっては一種妖精か妖怪みたいな存在だった。
そんなんだから古い縁だから……となんとなく話してしまったことがホント恥ずい。だけど一度秘密を共有してしまったから引くに引けない気がして次の日の放課後、本を読んでる戸塚君になんとなくドキドキしながら声をかける。
「よ」本から顔もあげずに「なに」「や、えー昨日変な話しちゃってごめんね」「気にしなくても」「そう」「みぞおち殴ったことはなんもないのか」無視する。「ねぇまた暇だったら話していい」
少しだけ本から顔を上げた。なんだか驚いてるみたいだっだけど「別にいいよ」とだけ言ってすぐに本の世界に戻ってしまった。
そんなこんなで彼とは気が向いた時に話すことを勝手に決めた。
なんとなくわたしの持ってないものを持ってそうな不思議な感覚。
恋なんかじゃない奇妙な感覚。
なんだろ?
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
梅雨が明けて湿気と熱気でくたばりそうなくらい暑い教室でも相変わらず戸塚君は放課後ぼんやりと本を読んでた。
声をかけるか悩んだけど何故か机の上にカットされた大量のりんごが入ったタッパーが置いてあったのが気になって結局「よ」「あぁ」「隣座るよ」「どうぞ」と流れで誰かも知らない人の椅子に座る。
「りんごどうしたん? 」と聞くと顔をしかめて「母方の実家から大量に送られてきて処理中」「んなら食べていい? 」「どうぞどうぞ」
そんならとタッパーを開けてむしゃむしゃ食べる。
そんなうちにふと思った事があって話してみる。
「りんごは好きだけど神話やら余計な意味がくっついてくるから食べる以外は好きじゃないんだよね」「食べるのが好きなら良くね? 」む。「そうだけどさ〜風情がないね。コーヒーだってきっとアメリカに行ったらまた別の意味がくっついてくるし言葉ってホントめんどいコーヒーくらいは自由であって欲しいよ全く」「そんな深読みしなきゃいいんじゃない?」「なんか前もそんな感じだったよね」「一々考えるのめんどいし」
いや、だけど〜と不満気にするけどこれ以上この話題を引っ張っても戸塚くんの機嫌を損ねそうだったから話題を変える。
「そっちは吹奏楽部のコンクール近いんでしょ大丈夫なのこんな所で油売ってて」「個人練の時間だしちょっとくらいサボっても平気だよ」「余裕だね」「まぁ後ちょっとしたら音楽室に行くけどね」「あそ」
それからしばらくりんごの咀嚼する音だけが響く。
りんごは思いのほか甘くて美味しくてむしゃむしゃ食べてるうちに全部無くなってしまった。
「ごめん食べ過ぎた」「むしろありがたい」「なら良かった」「それじゃ練習行ってくるから」「おけ」と言う前にリュックにタッパーと本を閉まって教室から出ていってしまった。
一人になった教室の窓から見る景色はオレンジのクレヨンに塗られていてなんか少しだけ気分が悪くなったから急いで教室を出る。
汗で汚いからと家に帰ってさっさとシャワーを浴びる。汚れは落ちてるはずなのに頭のごちゃごちゃは消えない。
考えすぎなのかな?
オレンジ色の空もりんごもコーヒーも。
自分が少しずつ分かんなくなる。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
蝉がうるさい太陽に燃やされそうって中数学の補修のせいで夏休み学校に来させられていた。科目も一つだけでなんで1時間だけのために学校になんて思いつつぼんやりとペンを動かしてたらいつの間にか補修は終わってた。さっさと帰ろうと上履きから靴に履き替えようとすると
「ようちょうどいいところに」
汗をめちゃかいてる戸塚くんがいた。
それで何故か吹奏楽部のコンクールに向かう楽器のトラックへの積み込みを手伝わされた。
知らない女子達(ジャージの色的に後輩かな)と一緒にティンパニを運ばされた。愛着があるものを触ってもいいのか聞いたら戸塚くんにお前なら別にいいだろとのことだけど、目の前にあるチューバとか入ってそうなでけぇケースをパクろうとは思わないし、わたしは家に放置されたスタインウェイを触られても別に構わない。むしろ誰かに弾いてもらった方が良いんじゃない? とすら思う。
それにしてもトラックに楽器を積み込む様は隙間を埋めていくテトリスみたいで楽しそうだった。トラックに常に乗ってて早くトロンボーン持ってきて! とか囃し立てるボスっぽい子は怖かったけど……。
「あんがとよ」「なんで手伝わされたの?」「暇そうだったから」ひでぇ。「そんじゃコンクール行ってくっから」「頑張って〜」おうよと言って吹奏楽部員の集まりに混じっていった。
結局手伝ってたらもう12時を過ぎててお昼ご飯どうしようかと考えながら家に帰る。
わたしは小学生の頃からピアノを嫌いになるくらいやってて高校に入る前にはやってられっかって感じでやめたけど音楽、特にクラシックは今でも好きで一番好きなのはラフマニノフ。マジで好き。ピアノ協奏曲はもちろん鐘も交響曲も好き。大好き。
だけど最近は全く聴かなくなってた。
今思えばピアノを嫌いになったのって同期にプロをマジで目指してる奴がいるからとか練習がヤになったとかじゃない。
どんなに上手く弾けても演奏が終わってしまえば意味を感じなくなってしまったからだ。
ホールに響く音にも、拍手歓声にも。
終わったら何も残らない。母親が残してくれたビデオにも意味なんてなくてただの過去の思い出。
それ以上の意味を持たないピアノなんてどうでもよくなってやめたんだ。
なのに去年文化祭で演奏してた時はなんで戸塚くんはあんなにかっこよくて楽しそうに見えたんだろ? たった3年間の部活なのに。音楽なんて消えてなくなってしまうのに。と浮かんできた考えをすぐに頭から消す。
もうこれ以上無駄な文脈を増やしたくない。
不安定なわたしは結局家に帰っても昼飯を食べずに布団に入って夕方まで寝る。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
退屈な最後の文化祭も終わってみんな予備校とか受験勉強をしてる中、戸塚くんは放課後にいつものように教室で本を読んでる。
「よ」「久しぶり」「推薦の面談でちょっと話して以来?」「んだな」
こいつとは何故か同じ大学の推薦でそれも2人の枠がわたしたちで埋められた。
「何読んでるの」「物語の終わりの方」
は?
「説明雑すぎね? 」「説明だるい」
それからぷかぷか浮かんだ沈黙が少しヤだったから話を逸らす。
「そういえば8月にあった県大会どうだったの」「あーダメ金」「出目金? 」「んなわけあるかって。まぁこれは俺の説明不足か支部大会に行けないけど金賞みたいな」「惜しかったんだ」「まぁね一応うちの学校の中では今までで一番良かったらしいし」「楽しかった?」「アドレナリンドバドバ」
「聞いてみたかったんだけどいい? 」
「何を改まって」
「どうして音楽なんてやってたの? 音なんて消えちゃうのに。正直他にももっとできることがあったとか思わなかったの? 勉強とか」
ちょっとした間。窓から吹く風が寒い。
戸塚くんは少し考える風にした後ゆっくりと話してくれた。
「コンクールはたった10分くらい。そこに3年間の全部かけてきて何か残るって言われてもまぁ思い出くらいだよ音楽はもうやんないしそんな仲のいい奴なんていなかったから。でもさ、この経験が良いか無駄だったのかなんて正直どうでもいいんだ。今後に活かそうなんて思わない」「じゃあ」「俺にとっちゃどーでもいい事ばっかありふれてる生活くらいがちょうどいいんだ。大事なのはそれを楽しめるかなんだし」
「あんたはなんつーか……強いね」
「そりゃな。俺は俺の意志で見る世界を疑う気なんてないしそれが全部だって言ってやってもいい」
なんてやつだ。こいつは本当のバカだ。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「ねぇちょっといい」「おう」
でもこいつがバカだからこそわたしにないもの。なんとなく分かった気がする。
「もしかしてだけどこの世界は正直どうでもいい言葉と物語ばっか溢れて退屈でどうしようもないけれど終わりがきちんとあるからいいんじゃないかな? 言葉も物語も回転も全部終わる。必ず終わる。誰かが引き継いでもいつかは消えてしまう。じゃなかったら生きてる価値ばっか求めるんだし人間なんて。だから楽しんでかなきゃ無駄ってこと? 」
「そうそれでいいんだそんくらいがいいんだ」
戸塚くんはウルトラ珍しく笑ってた。それがなんかおかしくてこっちまで笑ってしまう。
「戸塚くんって笑うとなんかチェシャ猫みたい」「なんだ突然」「ニイッと笑う感じとか変な感じとか」「あんなんと一緒にしないでくれよ俺はただの俺だよ」「ホント流石だね」「それでもお前が最初なんか文脈うんぬん突然訳わかんないこと話してきたろ?あんときちょっと心配したんだぞ」「あそうなの」「ま、でも大丈夫そうでよかった」
そう言って立ち上がる。
「たまには一緒に帰るか。確か家の方向同じだろ? 」
断る理由なんてなかった。
日が暮れるのが早くなってもう辺りはもう暗くなってたけど話す事はいつもとそんな変わんなかった。
「だからさ物語はどこにでもあって誰かとシェアハピする必要性なんてないじゃんてか正直めんどい」「そりゃぼっち宣言? 」や、ぼっちも悪くないぞ? とは言わないけど脛をガッと蹴っておく。痛ったお前マジかよなんて言って睨んでくるけど別にそれで見損なったとか怠いとか思ってないだろうってのはこれまでの変な付き合いで知ってるから……とか考えてたらしゃがみながらわたしをじっと見てた。
「呆けてどした」「や別に」「あそ」と脛を蹴ったことも蹴られた事も多分忘れて(あおたんは残ったかもだけど)「んじゃ」と言って別れる。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
家に帰ってさっさと風呂に入って出た後部屋の椅子に座ってぼへーっとしながら考える。
わたしの物語はわたしそのもの以上でも以下でもないけど戸塚くんみたいな他人がいたからこそ物語の文脈が成り立つ訳で、そんならアイデンティティなんて不安定で当たり前だ。老けてしまえばそれが煮凝りみたいになるけどそんな自分自身が変わることをビビってても……と考えを少し改める。
だけどそんな事を知らずか勝手に物語を荒らして回るような煮凝りも沢山いる。変わるにしてもできる限り自己防衛は大切にしてかなきゃ。
そういえばと部屋のほとんど開けてないタンスから小学校の時の国語の教科書を引っ張り出す。
白馬というとわたしは王子様というよりこの教科書に載ってた方が浮かんでくる。だけどそいつみたいに死んで馬頭琴になってまで一緒にいたいと思える存在って中々いないんじゃ?と思う。てかいねーよ普通は。せめて毛をお守りにするくらいにしとけってと子ども心に思ったから。
だけどそんな出会いなんて中々あるもんじゃないし。
そんでわたしにとってなかったものをくれた戸塚くんが多分そうなんだと思う。これが恋なのかは知らないしあんまり興味ないけど。
それならわたしはいつか戸塚くんの運命を飲み込むのかな? それともそれは余計な文脈?
まぁ、もうどっちでもいいや。
教科書をタンスに戻してたまには散歩でもしようかなとパジャマから軽く着替えて雲ひとつない夜道を歩く。
そうだとイヤホンで久しぶりにラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を聴く。オケとピアノのアルペジオが空に溶けていく。
どんな物語も文脈も受け入れる。
だって君はわたしの歯車なんだから。
君はわたしの歯車 呉 那須 @hagumaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます