第9話 非リアルをリアルに巻き込んで

『大丈夫か? ごめん……』

『なんで謝るの? むしろごめんね、ありがとう。少し前からね、この生活が苦しくて……。なんのために生きてるんだろうって思ってた。でもそうやね、改めて言われると、やっぱりおかしかったんだね』

『おかしいと思う』

『そっか……』

『シェルターとか、弁護士とか、相談するところはたくさんある。だから、そこは出た方がいい』

『うん』


 家を出る。それはそのまま母を置いて行くことになるだろう。もう一緒には住めないから。何度も自殺未遂をされ、置いて行かないでとすがりつき、気づけば私も母に依存していたのかもしれない。そしてそれは母もそうだ。親子二人で生きていくうちに、いびつな依存関係を作り上げてきてしまった気がする。

 でももう、それも終わりにしないといけない。現実を直視した今、このままではたぶん、私が壊れてしまうから。


『親を捨てることに罪悪感を抱いてるのか?』

『え』


 まるで心の中を見透かされた気がした。どんなに歪な関係でも、奴隷やペット扱いをされていたとしても、あの人が親であることには変わりないから。その親を捨てる。そんなことは本当に許されるのだろうか。こんな状況になってもまだ、迷う自分がいるのも確かだ。


『せっかく抜け出せるチャンスなんだぞ? 自分の道は自分の意志で選ぶんだ。おまえはどうしたい?』

『私の意志……。私は……自由になりたい』


 なれるのならば、許されるのならば、ただ自由に好きなことをして好きなように生きてみたい。


『そのためなら、みんなが手伝ってくれるさ』

『うん。うん。ありがとう』


 今まで状況を見守っていたコたちも一斉に声をかけてくる。心配したり、アドバイスをくれたり、新しい家の手続きの方法を教えてくれたり……。


 その日から、彼を中心として私の脱出計画が進められていった。いらないモノは引っ越した後に業者に処分を頼み、新しい家を借りた。小さな旅行バックに必要最低限だけ詰め、あとは新しい家に着いてから物は買うことにした。


 わくわくする気持ちと、新しいことへ向かう恐怖感。それでも進むことをやめなかった。みんなが応援してくれたから。ただ出口だけを見つめて。


 出て行くという話は、前日までしなかった。どうせ反対されることは分かっていたから。前日の夜、母にそのことを告げると、案の定、怒鳴り散らされ一睡も出来なかった。


『明日、心配だから迎えに行く』


 それは当初の計画ではなかった提案だった。この計画を立て、いろいろ相談をしていくうちに、彼との距離は何よりも深くなっていった。


『ありがとう。待ってる』

『着いたら連絡するから、通知オンにしとけよ』

『馬鹿ねぇ。ずっと前からなってるよ』


 そう、私にとって彼は、非リアルを越えた特別な存在だ。

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