第3話 母と二人の日常
しばらくしてから、今まで過ごして来た家は引き払った。母の姉と、私の従姉が住む町に引っ越すこととなる。新しい家からは、大きなお城が見えた。大好きな動物園もあり、初めはただ嬉しい、そんな思いだった。しかし母が働きに出るようになり、家にいなくなる。その現実を知った時、一人は嫌だと強く思った。
「ママ、今日もお仕事?」
「働かないと、ご飯食べれないんだから仕方ないでしょ」
こんな会話すら、まともにしたのは何日ぶりだろう。母は私が保育園に行っている間も、そして帰って来てからもずっと働いていた。
「ご飯なら、おうちにあるよ」
「そういう問題じゃないの。お金がかかるんだから」
「……」
そう言いながら、母は今日も新しい服を手に取って見ている。休みの日はいつもそうだ。新しい服。そして外食。家には、タンスにしまい切れないぐらいの服が溢れかえっていた。
「あんたのも買ってあげるんだから、ぶつぶつ言わないの。来週ママの実家に帰るんだから、新しい服がないとみっともないでしょ」
服なんていらないのに。でもそんなコト言っても、母はきっといつものように怒るだけ。父がいた頃は、休みの日は動物園やどこかに遊びに連れて行ってくれたのに。
「動物園行きたい」
「ママの休みは一日しかないのよ。あとでパフェ食べさせてあげるから、これ以上うるさいこと言わないで」
朝から来た母の買い物は、すでに昼になろうとしていた。母が服を見ている間、私はただ母の足元にしゃがみ込む。
疲れた。なにも楽しくない。
そんな私の横を、父親と母親に手を繋がれた女の子がうれしそうに通り過ぎていく。リックサックを背負って、ニコニコと歩くその姿を私はただじっと見つめた。
「動物園、行くんだろうな……」
少し前までは、私もあの子と同じだったのに。母と二人になった。ただそれだけで、全てが変わってしまった。
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