第6話 母の作ったルール
――――あれから十数年
あれから何人もの男たちが母の上を通り過ぎていった。母は男と別れるたびに自殺未遂を起こした。置いて行かれる悲しさから、片時も母の側から離れられなかったが。しかし男が変わる度に母に煙たがられ、そしてその男たちから虐待を受けるようになった頃、私は家を出た。
しかし生活力のまったくない母が最期の男に捨てられると、結局二人で住むという選択肢しか、私には残されていなかった。
「また今日も遅かったじゃないの」
「遅いって、たった数分でしょ」
「どこで何してたの」
「残業だってば」
時刻はまだ19時少し前である。定時帰宅ならば、40分には家に到着しているだろうということを、母は責めていた。たった10分。それだけでも、せっかちな母をイライラさせるのには十分だった。
「あんたが遅いと、ご飯も遅くなるんだからね」
「ああ、ごめん」
これ以上の小言を聞きたくない私は謝りながら、今朝用意しておいた夕飯を母の分だけ盛りつける。
「またこの夕飯? あんたホントに料理下手くそだよね。飽きたんだけど」
「そう? ごめんね、レパートリー少ないから」
「まったく。これならデパートの総菜のがよほどマシだわ」
「仕事終わってからデパ地下まで行くと夕飯遅くなるでしょ」
「昼休みに行けばいいんだよ。馬鹿だね、あんたは」
「……明日はそうするわ」
明日の昼休憩はなしだなぁ。
ああ言えば、こう言う。母はそんな人だ。私の料理だって、決してレパートリーが少ないわけではない。しかし母は和食以外を基本食べない上に、新しいものは食べない。さらには、鶏肉も豚肉も食べないという徹底ぶりだ。
ただそうであっても母の言い分を通さない方が、私にはデメリットが大きい。口答えをして母のご機嫌を損なうことが、私にとっては一番のめんどくさいことなのだから。
「ケチケチしないで買ってきてよ。あたし、えびマヨね」
「はいはい」
ケチケチしないでと言っても、母がお金を出すことはない。この家の生活費も家賃として二万、携帯台に一万払ってくれているだけで、あとは全て私が出している。正直、生活は楽ではない。それでも昔からの派手な生活を、母が辞めることはなかった。
私はご飯に手をつける前に、母が回しておいてくれた洗濯を干していく。前の日の洗濯物を畳み、次の洗濯を回すコトだけが母のこの家での仕事だ。つまり、それ以外の家事は全て私の担当となる。私はそれらが終わると、少しぬるくなったお風呂に浸かった。
「いいねぇ、あんたは会社でゆっくりして、家でもそうやってのんびりお風呂に入れるんだから」
「……」
母の嫌味が聞こえないふりをしながら、急いで髪と体を洗った。いつもお風呂など、10分入っていればいいところだろう。何せ、帰ってきてからは時間との勝負だから。
風呂から出ると髪をタオルでくるみ、立ったまま残った夕飯を胃に流し込む。あと残り時間は何分だろうか。遅いとまた怒られる。時間を確認しようと、私はスマホに触れた。
「
「分かってる。時間が見たくて」
「ほんと、あんたはダメな子だね。なにやっても遅いし、どんくさいし。誰に似たんだか。ああ、やだやだ。あたしがそういうの嫌いだって知ってるでしょ」
「……」
ただ時間を見たかっただけなのに。やはり台所に時計は必須だなと、改めて実感した。
急いで洗い物・お風呂の掃除・部屋の掃除器をかけ終わる頃、21時を告げるアラームが鳴った。本日の終了の合図だ。
「ねぇ、日曜日、服見に行こう」
「また服?」
「だって仕事に着ていくものないし。あんたボーナス入るんだから、それぐらい買ってよね」
「……うん」
「じゃ、おやすみ」
母はそう言うと、台所の電気を消して自分の部屋に向かう。この家での消灯時間だ。ここからはもう、音も立ててはいけない。そういう決まりだ。だからこの家に来てからというもの、テレビもゲームも音楽すらも全て母に禁止された。音と光が漏れると寝れなくなるからという理由で……。
そして休みの日は母の買い物。母の意見に反発をするという選択肢は、私にはなかった。そう、子どもの頃からずっと。
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