第8話 月夜に希う

こぼれ落ちる涙で文字が滲まないよう何度も…何度も涙を拭っては一字一句も漏らさぬように月詠さんからの手紙の文字を辿たどった。

涙で視界が霞み読み終えるのに凄く時間がかかってしまった。

息がまともにできないほど締め付けられた胸の奥で静かに血液が巡り出す感覚をおぼえた…。

深く深く心の奥底に閉じ込めていた感情がゆっくり流れ出す…。

それと同時に無くしていた僕の世界の色を少しずつ認識し始めた。

月詠さんの言葉と想いが僕の体に温かさを取り戻してくれるようだった。

久々に感じた月詠さんのヒカリ…

彼女の言葉の優しさにあの日から出逢いも別れも遠い世界のことのように閉じ込めてしまっていた僕の心の弱さを悔いた…。


月詠さんと出逢わなければ…


…なんて一瞬でも感じてしまった自分を物凄く恥じた。

僕の世界を変えてくれたことも、離れていても同じものを見て感動したことも、二人で笑い合ったことも、あの日触れて感じたお互いの手の温もりも、月詠さんの気持ちも僕の想いも…全部…全部否定するところだった。


パンッパンッー


僕は両手で自分の頬を叩いた。

涙を拭い、しまいっぱなしだったスマホを鞄から取り出し画面をひらいた。

少し震える指であの日以来初めてひらくTwitterのアイコンを押した。

液晶に広がる小さいけど無限な世界。

目に入ったのは僕の推し関連のツイート。

「はは…何か懐かしい…」

そう感じながら自分のプロフィールへいく…

そして…フォローの一覧から月詠さんを見つけた。

「良かった…残ってる!」

心臓ヤバい…

でも、もう目は逸らさない。

月詠さんのプロフィールへ飛び月詠さんの撮った最後の綺麗な満月のツイートをリツイートした…。


ー僕もあなたのことが大好きですー


ずっと言えずにいた想い

あなたに届くといいな…


そんな気持ちを抱きながらゆっくり画面を閉じた。

手紙をしまおうともう一度封筒に手を伸ばした時、中にまだなにか残っていたのに気付いた。

封筒の口を逆さにし、少し振ってみた…

コト…

小さな音をたて机の上にラミネートされたしおりが落ちてきた。

大切に拾い上げ手にしたそれは桜の花びらが押し花にされたとても綺麗なしおりだった。

手紙と同じとても美しい文字で、


「愛おしいあの日の想い どうか永遠に…」


フラッシュバックのように月詠さんと共に見たあの日の桜が急に色鮮やかに僕の脳裏に蘇ってきた。

風の音、なびく髪、少し頬をあからめた月詠さんの横顔…。

今もキラキラした僕の宝物。

僕は目を閉じ月詠さんとの日々を思い返しながら眠りに落ちていた…。

久しぶりに感じた心地よい眠りだった。



あれから本当の意味での日常を少しずつ取り戻し始めていた。

月詠さんのいない世界からももう逃げない。

「今度改めてお墓参りをさせてもらえるよう静音さんにお願いしてみよう…」

そんな事を考えながら歩く仕事の帰り道、ふと空を見上げた。


「満月…」


!!!

今日は…中秋の名月…

急に身体中がざわめきだした。

色んな感情が頭を巡り始めて僕の世界の時計が回り出した。


「月詠さん…」

僕はスマホを鞄から取り出し空へ掲げた。

「カシャッ」

澄んだ空気のなかシャッター音が心地よく響いた。


ー中秋の名月

 あなたと出逢った空の下

 今宵も月はとても綺麗です

 あなたを今も恋想う…


僕は前を向き大きく一歩を踏み出した。



一年前…………


ー今宵も月が綺麗ですね

 人の世のはかなさに少し憂いてはいますが

 それでも月は変わらず

 静かに私の心を照してくれます………


ーとても美しい月の下

 僕はまるでかぐや姫に出逢った気分です。

 あなたの見えている世界にもっと長く

 もっと沢山触れていたい…

 共有できたこの瞬間が運命だったらいいの

 に………。


                END

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今宵も月の下で @nana-hime

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