第5話 記憶喪失かどうかわからない妹が僕を異様に慕っている。
知らない天井だ、と思ったが、よく見たら知っていた。これは真庭総合病院の天井だ。
僕が寝転んでいるベッドの横に椅子があって、鳥子が座っていた。
「兄ちゃん、気がついたね!」と妹が叫んだ。嬉しそうだ。
「兄ちゃん?」
言葉遣いが元に戻っている。記憶を取り戻したのだろうか?
「あ、まちがえた。お兄さま、気がついたのですね。よかった!」
「まちがえた?」
「なんでもありません」
鳥子がごまかそうとしている。
「記憶が戻ったのか?」
「戻っていません。ええ、戻っていませんとも!」
「やけに強調するな」
「お兄さま、頭を打って、神経質になりましたね」
「おまえは頭を打って、記憶喪失から脱したんじゃないのか?」
「わたしはいまでも記憶喪失ですよ、愛するお兄さま」
「怪しい。おまえ、もしかしたら、前から僕を好きだったとか? ツンデレなのか? 以前はツンだっただけなのか?」
「わたしはお兄さまにデレデレです。ツンなどはありません」
「そうか?」
僕はなんだかわけがわからなくなってきた。
後頭部が痛い。相当強く頭を打ってしまったようだ。
医師がやってきた。
「具合はどうかな?」
「後頭部が痛いです」
「それだけかい?」
「はい、まあそれだけですね」
「記憶の混濁などはないかな?」
「たぶんありません」
「きみの名前は?」
「恋野砦」
「ふむ。脳の検査でも異常は見られなかったし、大丈夫のようだ」
僕は気を失っているうちに、検査されたらしい。
妹は頭部打撲で記憶喪失になってしまったが、僕は痛みだけで済んだようだ。
「保護者の方が見えたら、きみは退院できるよ」と言い残して、医師は去った。
「お父さんとお母さんは?」
「いまは昼間ですよ。ふたりともお仕事です」
「そうか。僕は放置されてしまったのか」
「わたしがいるじゃありませんか。放置などされていません」
「鳥子、お母さんに連絡して、仕事を早退してもらってくれ。さっさと退院したい」
「焦らないでください、お兄さま。わたしとゆっくりおしゃべりしましょう!」
そう言いながら、鳥子は僕のベッドに入ろうとした。
「やめろ、鳥子!」
「兄ちゃん、愛してる!」
「おい、記憶喪失は?」
「まちがえた。お兄さま、愛しています」
「出て行け! 病院でエロいことしようとするな!」
「家でならよいのですか?」
「だめだよ、禁止、近親相姦!」
「いいじゃん、固いなあ、兄ちゃん」
「鳥子! おまえやっぱりツンデレだろう?」
「いやん、ヤンデレと言ってください、お兄さま!」
「わけわかんねえ!」
後頭部が異様に痛い。
僕の妹は強引にベッドに侵入し、僕に抱きつこうとしていた。
「愛しています、お兄さま!」
記憶喪失かどうかわからない妹が異様に僕を慕っている!
記憶喪失になった妹が僕を異様に慕っている。 みらいつりびと @miraituribito
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