第2話 夫
朝出勤する時間は早い。
渋滞緩和のために早く家を出るのだ。
子供達は寝ているし、妻も寝ていることが多い。
俺は出かける準備万端、寝室に入って子供達の頭を撫でる。寝顔にいってきますと告げ、最後に妻を軽く揺り動かすと寝ぼけ眼で「いってらっしゃ~い」と滑舌の悪い返事が返ってくる。それをいつも可愛らしいなと思いながら軽くキスをして出かけるのが日課だ。
その日もそんないつもと変わらない日常で、助手席にカバンを雑に置いて出勤した。
コンビニでコーヒーを買って駐車場で飲みながらスマホでニュースを読む。これも出勤時の日課なのだが、財布を出した時にカバンの側面にピンク色の封筒が見えた。
「なんだこれ?」
運転席に座り直して改めてカバンから封筒を出す。どう考えても妻の字で、“恥ずかしいから一人で読んでね”と書かれていた。
「え、手紙?俺に?」
俺なにかしたっけ?と一瞬震えたが、“恥ずかしいから”と書いてあるから悪い内容ではないはずだ。
妻から手紙をもらうなんて何年ぶりだろうか?俺は恐る恐る封を開けた。
***
夫くんへ
今日で結婚して十年が経ちました。
出会ってから数えるともう何年目だろう?
ずっと一緒にいたいと願ったあの日から、あっという間に十年という月日が流れました。可愛い子供達にも恵まれてとても幸せです。
だけどたくさんケンカもしました。
大好きで一緒にいたいと心から願っているのに、本当にきっかけは些細なことからケンカになり、何度も私は投げ出そうとしました。でもその度に、夫くんは私をしっかりと繋ぎ止めてくれました。全然素直じゃない私は、夫くんの優しさにいつも助けられてここまできました。
夫くんは私の事をいっぱい褒めてくれて、子供達にも「お母さんのおかげでお父さんは~」って言うけれど、本当は違う。私の方が何倍も、夫くんから教えられ学んでいるのです。
完璧な人間なんて存在しないとわかっているのに、夫婦になるとお互い理想を求めて過ぎて、その結果不満やイライラを抱えることも時にはあるでしょう?それでも、寛大な心で受け止めてくれてありがとう。
仕事をしてくれてありがとう。
家事をしてくれてありがとう。
育児をしてくれてありがとう。
優しさをありがとう。
私の事を愛してくれてありがとう。
結婚してくれてありがとう。
あなたがいてくれること、それが私の幸せです。
毎日怒涛のように過ぎていく日々は、幸せだからこそあっという間に過ぎ行くのだと思います。
そんな調子で、また次の十年を迎えられたら嬉しいです。
これからもどうぞよろしくお願いします。
***
缶コーヒーを飲むのも忘れて、何度も読み返した。何か熱いものが込み上げてくる感覚さえある。
そうだった。
昨日は十年目の結婚記念日だった。
特別なことは何もしないし、お互いあっさりしたものだと思っていたけど、それは自分の感覚だけだった。何とも浅はかだった。
妻はいろいろ考えてくれていたんだと思うと愛しさが込み上げる。
今から出勤なのに今すぐにでも妻に会いたい気分だ。でもとんぼ返りするときっと妻は「仕事してこい」って怒る。
わかってる、君の性格は。
真面目に働いて、でも今日は早く帰るから待っててくれ。
俺に返せるものは何もないけど、これからも君を愛して守っていくと一人心に誓った。
【END】
十年目の結婚記念日 あさの紅茶 @himemon
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