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 同時にこの部屋の異様なほどの物のなさにも合点がいく。


 変だな、とは思った。だけど。その理由にまで至れなかった自分が恨めしい。


 睨め付けるように室内をもう一度見回した。


「私あの日、お姉ちゃんから先生の家にいるってLINEをもらって。そのとき、先生の写真だけじゃなく室内の写真も送られてきてるんですよ。めっちゃ汚かったこの部屋の!」


 ほとんど叫びだった。先生、何か言ってよ。なんか言い返してくれよ! 


 願いは虚しく、先生は無表情のまま、私を止めようともしない。


「でもいまこの部屋は、必要最低限のものしかない。いや、それすらもない。これってまるで、


 生前整理、という言葉の語気を強めてやった。

 先生の唇の左側がぴくりと持ち上がり、


「お前のことは」


 と、口を開く。


「すぐに分かったよ。向井の妹だって。ほんの数ヶ月前に写真を見せてもらってたし。すごく仲がいいけど一緒には暮らしてないだとかも聞いていたから。何故ここにいるのかって最初は思った。同時に、ああ、俺に復讐しに来たんだと分かった。でも、ひとつ分からないことがあった。それがなぜ、あのとき親や周りの大人に俺の存在を話さなかったのかってことだ」


 先生の目の奥の黒がゆらりとする。それは涙ではなくて、先生の言葉で揺れているように見えた。


「なんでなんだ? あの日、向井が交通事故に遭ったのは俺の家に寄ったからだとお前だけは知ってたはずだ。いるはずのない場所で死んだ向井を親は、警察は、不思議に思っただろう。俺の名前を出せば、俺は生徒を家に招いた挙げ句に送りもしなかったため、交通事故に遭わせてしまった最低な教師だと教えることが出来たはずだ。それなのになぜ、菊池は誰にも言わなかったんだ? 自らの手で殺してやろうと、私刑にしてやろうと思ったからか? それなら俺は甘んじる。あの日、向井は確かに俺の家になんか来なければ死なずに済んだんだから」


 ムカつくけど、言ってやんないけど、私を前に疑問をぶつけてくる先生は。自らの過失で弱っていく先生は。剥き出しで。丸裸で。


 ひどく心地よかった。


 私はふっと息を吐き出した。


「違います。興味です。純粋な 」


 本音だった。先生が不思議そうに眉根を寄せる。


 私はうーん、と背伸びをして顔を見せないようにくるりと後ろを向いた。


「うちの家はご存知、親が離婚しているので、それはそれは仲が悪かったんですよねぇ。幼い子どもが恋だとか愛なんてないって思うほどに。毎日毎日怒声に悲鳴に。物なんかも飛び交って」


 私は幼い日の光景をわざと明るく言ってから、まぶたを持ち上げた。


「だから絶対ひとを好きになんてならないし、この先一生恋なんてする訳ないって思ってたんです。思ってたんですけどねぇ」


 踵をかえす。探偵が犯人はお前だ! って指をさすみたいにして、口角をあげた。


「お姉ちゃんが、恋をしました」


 先生の顔が少し赤みを帯びた。私はふふっと声に出して笑う。


「あんな環境で育ったのに人を好きになったお姉ちゃんのことが不思議で、羨ましくもあって。相手はどんなやつなんだろうって知りたくて。周りには言わずに自分で確かようって決めたんです」

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