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ポコッ――〈雨すごい〉
ポコッ――【大丈夫? お姉ちゃんぼーっとしてるからなぁ。心配。気をつけて帰ってよ】
ポコッ――〈だいじょーぶ。なんと今ある人の家なのです〉
ポコッ――【ある人? 大丈夫? その人大丈夫なひとなの? てかちゃんと知り合いなの?】
ポコッ――〈知り合いだよ。先生なの。担任の先生。偶然会ったんだ〉
ポコッ――【え。担任? 一応聞くけど、女性、だよね?】
ポコッ――〈ううん、男性。実はずっと好きだった先生なの。ねぇ、どうしよう。ドキドキしちゃう〉
ポコッ――【は。いやいやいや、お姉ちゃん、ドキドキって。男性の家とか。え、待って。いまその先生と2人きりってこと?】
ポコッ――〈うん。何かあったら報告するね〉
女子高生を相手にする大人はやばいやつだからね?
ねぇ、お姉ちゃん、血迷わないでね?
――
風呂上がり、私に遠慮をしているのか窓を向いている先生の背中を見つけた。ご丁寧にカーテンまで引かれている。
私は嬉しくなって拝借したフェイスタオルで口元を隠した。
「先生、ありがと。シャワーも。服も」
先生からの返事はない。そっと背後から近づいて、肩越しに手元を見る。どうやらスマホで天気を見ているようだ。
私たちの住む街の雨雲レーダーは見事な赤をしていた。
教室で色とりどりのチョークを握る手とは違う手がそこにはあった。無防備な手とでも言おうか。
もう少し首を前に出してみた。
「ゲリラ豪雨だから、あと30分くらいで止む。ドライヤーで髪乾かしとけ。すまんが、服は袋入れてやるから持って帰れ。いま着てるそれは返すの難しいだろうから、やる。捨てるなりなんなりしてくれ」
妙な早口で私を突き放す。こっちは向かない。
「捨てるって、そんなもったいないよ。返すよ」
すすす、とさらに少し近づいた。先生は少し肩を斜めにしただけで、ほかには特に変わった様子は見られない。
なんかムカつくな。私はちょんと隣に座り、膝に手を置くと脇をしめた。ぶかぶかの先生のシャツはV字で。もっと屈めば胸の谷間も見えるだろう。そのギリギリを攻める。
とん、と肩があたった。
「なにしてんだ?」
ほんとうにわからない、と言わんばかりの声。
こっちを向いた。
「なにって。色仕掛け、かな。見えそうで見えない。すきでしょ、こういうの」
ばちん、とウインクもしてみる。
「いんや別に。というか、俺は今年で32だぞ? お前なんざガキだよ、ガキ。色気なんて微塵も感じねぇわ」
けっと吐き捨てるようにそう言われた。むっとして、思わず手をとる。
少しだけ眉が持ち上がった。でもそれだけ。
「……菊池、お前なんだ。俺に相談したいことでもあんのか? 教室では言えないような」
先生の声音が真剣みを帯びる。心底心配しているのがわかって、私はさらにむきになる。
「うん。実はそうなんだよね。この際だから、聞いてくれる?」
きゅっと手を握ったまま、私は先生に向き直り、一度固く目を閉じてから飛びつくようにして距離をなくした。
閉じる直前の先生は、まさかキスなんてするとは思ってなかったような、まるで何も疑っていない目をしていて、腸が煮えくり返りそうだった。
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