第2話
ここで待っていてほしいと言って、リビングのテーブルにつかせた少女は、大人しく座って待っていた。
少女は、実に物静かという印象だった。あまり口数も多くなく、表情もほとんど変わらない。そんな少女の姿をキッチンの物影から眺めながら、アメリは両方の拳をぎゅっと握りしめた。
「遂に、遂にやったわね、ふたりとも!」
アメリは興奮気味に振り返った。二匹の使い魔は、それぞれ感慨深そうに頷いた。
「この半年間、長かったですものねえ」
カラスの姿をした使い魔、ヨルはしみじみと言い、腕を組むようにして翼を交差させた。
「人間、全然来なかったもんね~……」
もう片方の黒猫の姿をした使い魔、クロは、いつものようにのんびりした口調で言った後、ふわあと大きくあくびをした。その際埃を吸い込んだらしく、少しむせた。
「ええ。でも、それも今日で終わりよ。何せ、あの人間のお嬢さんが、この“魔法使いアメリのお悩み相談所”の、記念すべきお客様第一号となったのだから!」
アメリはびしっと鋭く、少女が待っている方向を指さした。少女は身動きをほとんどしないまま、じっと椅子に座り続けている。
半年前、魔法の存在しない人間の住む世界で新しい商売を始めようと思い立ったことに、特段大きな理由はなかった。ただ、そういう流行りが起きていたので、なんとなく自分だけの店を持ってみたいなと思ったのがきっかけだったのだ。
だが、そのような「なんとなく」で始めた店が成功するほど、元いた世界は甘くない。
そこで目をつけたのが、異界である人間の住む世界だった。どうやらその世界では魔法という概念が存在しない影響か、魔法使いというものが一定の人気を誇っているらしい。
そんな世界で本物の魔女が営む店などが現れたら、連日押すな押すなの大盛況となるのではないか。そう予測したアメリは、その日のうちにさっさと荷物を纏めて、長い付き合いである二匹の使い魔と共に人間界へとやって来た。
が、思わぬ誤算が目の前に立ちはだかることとなる。いざ開いた店に、人間が全く来なかったのだ。
「最初は都会のど真ん中に店を構えたわよね、懐かしい……」
客を多く集めたいなら、人の多い場所に店を構えるのが定石だろう。そう思って、人間界に来てすぐ、大都会の中心でこの相談所を開いてみた。
ところが一ヶ月経っても、お客としてその門を叩く者は一人も現れなかった。
うんうん、とヨルが頷いた。
「お客じゃなくて、警察は何度も来ましたけれどね。怪しい人が怪しい店をやってるって、何度も通報されてたようですし」
「だから嫌になって、人が滅多に寄りつかなさそうな森の中に移転しても、結果は同じだったし」
「俺としては嬉しかったけどね~……。静かなところは昼寝が気持ちいいから……」
クロは眠たげに金色の瞳を瞬かせた。静かなところが好きなのは、アメリも同じだった。それに、もう警察を呼ばれるのは懲り懲りしていた。なので好みの雰囲気漂うこの森に店を移転させたときは、わくわくと心躍ったものだ。
しかし、そもそも人の寄りつかない森に店を開いたところで、お客が一人も来ないのは、至極当然の結果だった。半年近く待ちの姿勢を貫いたものの、来る日も来る日も客の数がゼロを更新し続ける毎日に、遂にアメリは我慢の限界を迎えた。
お客を待つのではなく、こちらから悩んでいる人間を迎えに行くという方法に変えることにしたのだ。そうして使い魔達に困っていそうな人間を探してきてほしいと言い、待つこと数日。クロが見つけてきたのが、あの少女というわけだった。
「でかしたわよ、クロ! 本当に良くやったわね!」
「まあ気ままに散歩してただけですけどね~……。でもアメリの役に立ったのなら良かったです~……」
「いや、アメリの言うとおりですよ。僕なんてカラスの姿をしているので、町で探そうにもどうも人間からの反応が良くないんですよね。この前なんて、お前がゴミ捨て場をいつも荒らしてるやつかって濡れ衣着せられて追い回されましたし……」
「そっかあ、猫の姿で良かったかも~……」
しょっちゅう気ままに散歩に出かけていくクロが、「毎日森の外れで、一人で過ごしている女の子がいる」と報告を受けて確認しに向かったのが昨日のことだ。こっそり見に行ってみると、確かにそこには少女がいて、本を読んだり絵を描いたりして一人で遊んでいた。
クロによると、毎日夕方よりも少し前の時間にやってきて、日が暮れる寸前まで、ああやって過ごしているという。
その少女の持っている本の表紙が、魔女の描かれた、魔法使いを主人公としているらしき児童書だったことと、何より少女から感じた暗く翳りのある気配から、アメリはすぐに、この少女を自分の客にしようと決めた。そうして、今日に至る。
「ねえ、私の態度、どうだったかしら? 落ち着いていて強そうで格好良くて美しいって感じの魔女に見えていたわよね?」
「いつもの雰囲気と天と地ほどの差がありすぎて、僕ちょっと鳥肌が立ちました、鳥だけに!」
「ヨル、それつまらない……」
「……待って、天と地ほどの差って何よそれは!」
アメリは勢いよく一歩前へ踏み出すと、その勢いで周囲の埃が舞った。ヨルは噛み殺したように笑った。
「ほら、普段のアメリってまさにそうやって短気じゃないですか! なのでさっきのアメリの姿、もう普段と違いすぎて違いすぎて、僕吹き出すのを堪えるのに必死だったんですよ!」
「クロ、今日の夕食のおかずは焼き鳥よ!」
「カラスの肉って、不味いんじゃないですかね……?」
わざとらしく「怖ーい!」と叫びながら宙を旋回するヨルに向けて、アメリが炎の魔法を詠唱しようとしたときだった。すぐ背後から、ことりと妙な音が聞こえてきた。
「あのう……」
振り向くと、リビングで待っていたはずの少女が、困惑を露わにした表情で立っていた。
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