第3話

 「ごめん……。騒がしかったよね……」

「それはいいのですが、でも、ちょっとびっくりしました」

「だよね……」


 テーブルを挟んで向かいのソファに座る魔女は、肩を縮こまらせていた。初対面のときの堂々としていて落ち着いた風格は、微塵も感じられない。


 聞けば最初に会ったときの雰囲気は作ったものなのだという。なぜそんなことをと聞けば、人間界でよく知られている魔女のイメージに合わせているのだと、アメリという魔女はばつが悪そうに答えた。


 確かに先程の、カラスと喧嘩しているアメリの姿は、美穂の抱いていた魔女のイメージとかなりかけ離れていた。


 今まで読んだファンタジー小説に出てきた魔法使いや、昔母親がよく聞かせてくれたオリジナルの魔女は、どれも皆どちらかというとクールな性格をしていた。アメリのように騒がしい性格の魔女は、初めてだった。


「私は特に気にしないので、性格作らなくていいですよ」

「えっ、本当? それは助かる……!」


 アメリはほっと息を吐いた。だいぶ無理をしていたらしい。


「うんうん、僕としてもそのほうが有り難いです。いつもと違いすぎて、ギャップに風邪を引くところでしたもの」

「俺も、さっきのアメリはスースーするからやだな……」

「ちょっとふたりとも!」


 テーブルの上に乗ってきたカラスと黒猫を、アメリが咎めるも、二匹とも全く効いていない様子だった。カラスが片方の翼を胸の辺りに当て、礼儀正しくお辞儀をしてきた。


「まだ名前を名乗っていませんでしたね。僕はヨルといいます。アメリの使い魔をしています」

「俺はクロね……。好きなことは寝ることとお散歩……」


 ヨルと違い、クロと名乗った黒猫のほうは、軽く片手を挙げた挨拶にとどまっていた。どうも、と美穂はそれぞれに会釈した。


「私は美穂といいます。歳は十一歳で、魔法の出てくるファンタジーが大好きです」

「そんなに若いのですか。その年齢の人間でここまで落ち着いている方、僕初めて見ましたよ」

 ヨルの言葉に、美穂は首を捻った。何せ初めて言われたことなので、自分でもいまいちわからない。暗くて陰気な子だとは、今住んでいる家の住人達からしょっちゅう言われているのだが。

「ファンタジーが好きな美穂さんでも、充分満足して頂ける魔法を、アメリは見せてくれると思いますよ」

「うん、アメリの魔法は凄いからね……」


 アメリは照れたようで、顔を赤く染めた。誤魔化すように、大きめの咳払いをする。


「さて、それじゃあ美穂。色々あったけど、あなたのお悩み、聞かせてくれる?」


 アメリは美穂の目を見て、にっこりと笑った。子供のようにも見えるくらい、無邪気さを感じる笑顔だった。

 最初に見せた意味深長な、月明かりのような微笑みではなかった。だからこそ美穂は、あまり緊張せずに、自分の悩みを告げることができた。


「お母さんに、会いたいんです」

「お母さん?」


 予想していない答えだったのか、アメリは目を丸くした。


「私は、叔母の家で2年前から暮らしているんですけど。その前は、お母さんと二人で暮らしてたんです。その2年前に別れたきりのお母さんと、もう一度会いたいんです」


 話しながら、美穂は軽く頷きながら話を聞くアメリを窺った。同情されているのだろうかとか、なぜ会いたいのかその理由についても聞かれるのだろうかと、肩に少しだけ力が入る。だが、アメリは存外あっさりと、「わかったわ」と頷いた。


「人捜しの魔法は、そこまで難しいものではないわ。ただ、準備があるから、少しだけ時間がかかる。でも、順調にいけば明日には全部終わっているはずよ」

「ということは、明日には……」

「ええ。お母さんに会えるわ」


 アメリは微笑んだ。良かったですね、とヨルとクロが言ってくる。美穂は呆然としていた。明日、とは。あまりにも早すぎて、逆に罠か何かではないかと疑ってしまう。


「私、お金全然持っていないので、そんなに高いものは払えませんよ?」

「ああ……。そんな高額を請求するつもりはないけれど。でも全然、か……。代わりに払ってくれそうな人はいないの?」

「……お母さんに頼んでみようかなと思っています」


 母親は、昔から魔法の出てくるファンタジーが大好きだった。特に魔法使いや魔女が大好きで、いつも美穂に、魔女の出てくる話を作って聞かせてくれた。そんな母親なら、再会できたときに魔法の代金を頼んでも、もしかしたら快く払ってくれるかもしれない。


「なるほど、わかったわ。それじゃあまた明日、今日美穂がいた森の外れまで来てちょうだい。こっちから迎えに行くから」

「え……私、今日は帰るんですか?」

「そうよ? もう暗くなるし、帰らないと危ないでしょう。心配しなくても送っていくから大丈夫よ」


 ソファから腰を浮かせたアメリに、あの、とそれだけ声をかける。不思議そうに首を傾げる魔女に、美穂は視線をさ迷わせた。


「……この家。汚い、ですよね」

「うっ」


 アメリの体が硬直した。ヨルとクロが、ちらりと目配せし合う。あからさますぎるくらい、図星を突かれた際の反応だった。


 家に入ったときから思っていたが、かなりこの家は汚い。外から見たときはわからなかった分、密かに驚いていた。室内が埃の匂いが漂っていることからわかるように、家具という家具の上には雪のように白い埃が降り積もっている。


 天井には蜘蛛の巣が張り巡らされており、木の床は、気のせいではなく、どこかべたついていた。おまけに部屋の隅には、乱雑に積まれた箱や本、衣類などが固まっていた。荷物を隅に追いやるのが、この魔女流の掃除なのかもしれない。


「魔法でなんとかしないんですか?」


 素朴な疑問を口にすると、なぜかアメリは口ごもった。代わりにヨルが答える。


「アメリは家事全般が苦手なのですよ。だから、家事に関する魔法もてんで駄目なのです。車を全く運転したことのない者が、本当に車を運転できないのと同じことです」

「そうなんですか」


 魔法も万能ではないらしい。だったら、と美穂は立ち上がった。


「私は家事、苦手ではないので。迷惑じゃなければ、この家を掃除させて下さい。ちょっと気になるくらい汚いので」

「えっ?!」


 アメリは目を大きく見開いた。戸惑う彼女を遮るように、クロが美穂とアメリの間に立つ。


「それは有り難いなあ~……。この家埃っぽくて、お昼寝しづらかったから……」

「クロくん、お掃除用の箒ってどこにあるの?」

「物置にあるよ、ついてきて~」


 美穂は歩き出したクロの後をついて行った。物置というのは、リビングを出てすぐの廊下にあった。ドアを開けると、そこも埃まみれの部屋だった。


 物置の奥に置かれた棚の影に、忘れ去られたようにして箒が立てかけてあった。埃を被りすぎてもはや白色になっており、穂の部分には逆にそういう装飾であるかのように、蜘蛛の巣が絡まっていた。それらをぶんぶん振って落とした後、美穂は箒を肩に担いだ。

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