第5話 終わりは始まりでもあり

「うるわぁぁぁっ!ハァーッ!」

 サラトゥスが巻き舌からの奇妙な気合を叫びながら、カマキリのような体に犬の様な頭を持つ生物の顔面に二段蹴りを華麗に決める。

 犬の首は吹っ飛び、魚屋の生け簀に放り込まれると、生け簀から手足の生えた魚が無数に飛び出してきた!

「シィッ」

サラトゥスの口から短い呼吸音が漏れ、素早い蹴りは5、6匹の魚を一瞬で蹴り殺し絶命させる。

「あ、こいつは……」

魚を蹴り殺したと思ってたが、実際には蛇体に魚の頭と猿の手足が付いていた。

(変異しているのか、まさか私のせい?)

 少し前のこと、郊外から戻ったサラトゥスが、菓子屋の開店を待って並んでいると背後から犬の吠え声が聞こえた。

 後ろを振り返ると一匹の野良犬が駈けよってきた。狂ったよう吠えながら首から下を、泥が混じりあうように昆虫のカマキリのような姿に変異させ、突如、に襲いかかってきたのだ。


 蹴り飛ばした犬の首が魚に喰われたのか?今度は魚が蛇体に、魚の頭と猿の手足をもつ化け物に変異して襲ってきた。

(どこかに欠片が残ってたのかな?)

 焦って考え込むサラトゥスの目の前で、野良猫が手足の生えた魚をくわえて逃げていく。

「あ、まて!」

だがサラトゥスの声を感知して、失った頭の代わりに、無数の小魚の頭を得たカマキリ犬が道を阻む。


 サラトゥスは下腹部に力を籠め、裂帛の気合を吐き、必殺の拳を決めるべく奥義の構えをとろうとするが、刹那!爆炎が巻き起こりカマキリ犬を吹き飛ぶ。散らばった肉片は魚と一緒に凍り付いていく…

「サラトゥス!さがりなさい!」

チアノ達が援護に駆けつけて来たのだ。


   ☆ ☆ ☆


 変異した生物たちの肉片は魔術師達が凍らせて回収した。

魚をくわえて逃げた猫も、ほどなく、チアノからの通報を受けた神官達に、変異して暴れていたところを焼かれ、灰と化し、塵となり、散華した。


 サラトゥスが身につけている鎧の関節部分あたりの隙間などに、物質化した魔力元素マナが入り込み、残っていたのだろう。

 魔術師が路傍の標石などを利用して即席の結界を張り、彼女サラトゥスを隔離した。


 招集された数十人の魔術師達が、全裸になったサラトゥスの足下に置かれた品々に、次々と魔術をかけていく。

 彼女サラトゥスが身につけていた衣類は、今までの厳しい生活を物語る汚れが落ち、殺菌され素晴らしく清潔になり、新品のように綻びの一つもなくなり、意味もなく光り輝くようになり、鎧や籠手などの金属防具は硬さを増し、羽のように軽くなり、金属がぶつかり合う音も発しなくなり、装身具は傷一つもなくなり、剣で切られ槍で突かれ、槌で叩かれようとも壊れなくなり、日の光反射して美しい輝きを放つようになった。

 今、魔術師達によって強化された品物を全てを売れば、一生喰うに困らないくらいの一財産は築けるだろう。


 だが、そんなことは彼女サラトゥスにとって、どうでも良かった。彼女に付着した魔力元素マナの塊が完全に除去されたことが確認できるまで、彼女の空腹が満たされることはないのだから。

「早く砂糖菓子ハルヴァーが食べたいな……」


 一仕事終えたチアノは神面都市グラード・ヤーにあるヴェルナ神殿に帰り、自室でコーヒーを飲みながら一息ついていた。

「今日は疲れたわ……」

「大変でしたね。でも施設は残ってるんですよね」

黒髪を肩でそろえた若い少女が答える。チアノの直属の部下であるアルシア・モーンだ。

「大丈夫、魔術師達に強力な魔術で施錠させたし、一月ひとつきもしない内に何もなくなるわ」

「何故ですか?」

「今に神面都市グラード・ヤー中に金やダイヤがあふれるのよ」

「そんな、この世に死者が蘇って溢れるみたいにいわないでください」

目を丸くして驚くアルシアに対してチアノはおどけて答え、再びカップに口をつける。目を瞑り、一時の安らぎを味わう。


 誰かが駆けてくる足音が聞こえる。足音の主はチアノの部屋まで来ると、大声で叫んだ。

「チアノさん大変です!高級住宅街で見たことのない魔物どもの襲撃が!」

チアノの部下で最年少のミチェット少年だ。ふと、窓の外に眼をやれば高級住宅街のあたりで爆炎と煙が見えた。

 慌てて窓を開けると、風に乗って高級住宅街のほうから阿鼻叫喚の悲鳴と爆発音が聞こえてくる。それを耳にしながらチアノは何かに気がついたかのようにハッと小声を漏らす。

「そうか、そういうことか」


 しかし、チアノの思索を少女を送り届けた神官の声が打ち破る。

「チアノ隊長!大変だ!モンペリエが喰われちまった!いや、そうじゃなくて少女が野鳥やペットの犬に食われて、それでモンペリエも……」

「どうしたの?落ち着きなさい!アルシア、私の馬の用意を」

「はい」

アルシアが馬の用意をするために部屋から出るて行くと、チアノは身支度を整えながら、落ち着きを取り戻した神官から事情を聞く。


 二人は甘い芳香を発する少女を高級住宅街にある自宅へ送っていたが、道すがら、ある異変に気がついた。

 少女の芳香に惹かれるかのように、やけに犬や猫などの動物がまとわりついてくるのだ。それを追い払いながら、二人は少女を送り届けていたのだが、悲劇は少女の家まで、あと三件というところで起きた。


 東方風の住宅から、ペットとして飼われている虎が飛び出し、少女の肩口に喰らいついたのだ。

 だが、少女は抵抗すらしなかった。

 さらに犬が、猫が、鳥が、蛇が、動物たちは少女に喰らいついていき、やがて力をつけ変異し、周囲を地獄に変えた。

 生き残った神官の同僚であるモンペリエ神官も、付近の住民を避難させてるうちに変異した化け物たちに喰い殺されてしまった。


 チアノは先ほど気づいた推論を再び脳裏に思いおこす。もし、少女が人間なら、あの時、サラトゥスはともかく、鑑識の神官に近づくことはなかったはずだ。

 獲物は、もっと身近にいたのだから。

 

 だが、そうはならなかった。少女は救出されたのではなく、サラトゥスが魔力元素マナの塊から無意識に造り出したのかもしれない。

 かつて何者かであった、いまや何者にもなれない魔力元素マナの塊が、サラトゥスの強い意志を読み取って模ったのだ。

 そして、砂糖菓子の様な甘い匂いをまき散らしながら、人の形をした魔力元素マナと肉の塊は、周囲の野獣たちを惹きよせ悲劇を起こしたのだ。

「チアノさん、馬の準備ができました!」

窓の外からアルシアの呼ぶ声が聞こえる。

「さぁ!一丁やるか!」

己に発破かけながらチアノは、ふと思った。この騒ぎに傭兵隊長の一人として召集されるであろうサラトゥスの空腹は、満たされたのだろうかと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

願望機~傭兵隊長サラトゥスの受難 多仁寿すもも @UNKOUNGO

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ