第4話 諸人願いて探りまくれば久しく食を待ち

「よっこいせっと」

サラトゥスが塊に右手を突っ込み、少女の右足の周りを掻き出すと、塊は液体のように歪み避けていく。固くはないが意外と質量があり重い。

 サラトゥスがいくら掻き出しても、魔力元素マナの塊から欠片一つも床に落ちない。少しばかりサラトゥスの鎧や籠手に付着するぐらいだ。

(なるほど確かにコイツは液体というよりは不定形生物のようだ)

 どうやら少女は、まだ、存命のようだ。腰を完全に掘り返したあたりで生命の脈動がサラトゥスの眼にも見えてきたのだ。

(なんとか無事のようだな。ああ、それにしても)

次の考えは声に出してしまっていた。

砂糖菓子ハルヴァーが食べたい……」

サラトゥスの突拍子の無い一言にチアノの口からクスリと笑みがこぼれる。

「これが終わったら喰い飽きるほどの砂糖菓子ハルヴァーを傭兵隊の宿舎に送ってあげるわ」

「いや、今すぐ食べたいんですけど」

起床してから何も口にせず重労働を強いられているのだ。心からの呟きだった。

 ああ、あの甘い砂糖菓子の甘みを舌上で心ゆくまで味わい、かみ砕き、咀嚼し、更に存分に甘さを味わってから嚥下したい…叩き起こされてから延々と続く空腹をみたしたい!

 彼女サラトゥスの心の中は砂糖菓子ハルヴァーで溢れていた。それしか考えれなかった。

「ああ、砂糖菓子ハルヴァーが食べたい……」

「ねぇ、思ったより無事なのね。もしかしてさ、この子、貴方と同じ体質なんじゃないの?」

 だがサラトゥスはチアノの質問に答えれなかった。この作業が終われば砂糖菓子ハルヴァーが食べれる。それしか考えられなかった。


  ★  ★  ★


 砂糖菓子ハルヴァーを食べることばかり考えているうちに、疲れと我を忘れ、気がつけば小一時間ほど経過し、少女の体を全部掘り返していた。

「おい!しっかりしろ!」

サラトゥスは少女を抱きかかえると、ゆっくりと台座から降りた。

「あ、私は……ここは何処なの?」

サラトゥスが台座から飛び降りた衝撃が伝わったのか、抱きかかえられた少女が目を覚ます。

「よしよし、上出来だ。我ながら良い仕事をした」

サラトゥスが満足げに頷く。

 少女とサラトゥスが結界から出ると二人の体に付着した魔力元素マナの欠片が飛び散る。それは床に落ちて集まり、拳大の大きさもある、幾つかの白い粘液の塊になった。


 二人の神官が体を拭くためのタオルをサラトゥス達に渡そうと近づこうとするが「近づくな!それに触っちゃ駄目!」チアノが一喝して制した。

 しかし、魔力元素マナの欠片どもは彼らに気がついたのか、獲物を求めるかのように、のそのそと這いながら近づいてくる。

「なにか、何か魔法を使いなさい!早く!」

部屋に太陽の様な光源が二つ床に灯された。魔力元素マナの欠片どもは何時の間にか消え失せていた。

「なんとか消費しきった様ね」

神官の一人が額の汗を拭いながら「凄い……光の魔術を使っただけなのに……」と驚愕の表情で呟く。

 神官達が使ったのは、一時的にロウソクほどの明かりを灯す魔術だったのだろう。しかし、今、眩しい光で部屋を照らす二つの光源は、大量のマナを消費しないと設置できない規模の光の塊だ。


 結界に戻ったサラトゥス達に向かってチアノはタオルを投げ入れ、体を丹念に拭かせた。タオルは結界の外に出ないよう、サラトゥスが魔力元素マナの塊に叩きつけた。

 タオルは貼り付けられた紙のようにピッタリと塊の表面に吸い付いた。タオルが吸収した、固体化した魔力元素マナと、魔力元素マナの塊が結合したのだろう。


「それじゃあ私は帰りますんで」

全てが終わり、サラトゥスは来た時とは正反対の表情で帰っていった。少女も神官達が魔法で確認したが、特に傷などの異常はなかった。

 チアノは神官二名に少女を神面都市グラード・ヤーの高級住宅街にいる親元へ送り届けるように命じた。

 チアノ自身も現場責任者として魔術師二名と一緒に、神面都市グラード・ヤーの元老院評議会へ報告に向かわねばならない。

 ……だが、一件落着とはならなかった。チアノ一行は意外なところでサラトゥスと再会することになるのだ。

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