第3話 黒鉄の民の小娘と特異体質

 部屋に浅黒い肌に重い甲冑を着込んだ小柄な少女が不機嫌な顔をしながら入って来た。いや、少女ではない。これは黒鉄の民という亜人種の成人なのだ。


 その幼女の様に短躯ながらも鍛え上げられら鋼の肉体は、人であれば違和感があろうが黒鉄の民としては珍しいものではない。

 黒鉄の民がすべからく短躯なのは、彼らが、その住み家たる鉱山で長らく生活している内に適応してのものだとか、考古学的には遥か昔に栄えた魔術的帝国や神が鉱物を採掘させるために造り出した生物だという説がある。

 それ故、生物学的条件を無視し、あらゆる鉱山に黒鉄の民が割拠しているのだと。


 だが、顔は厳めしく、痛めつけられたかのような黒鉄の民らしい顔ではなかった。鉱山生活ではなく都市生活が長かったせいだろうか、地は黒いが短躯に相応しい愛嬌のある十代ぐらいの少女の顔だ。

「チアノさん、今回呼ばれたのはどういった、ご了見で?私、まだ朝飯も食べてないのに」

サラトゥスは苛立ちを隠しもせずチアノに訪ねる。彼女サラトゥスが正直な性質であり、思ったことを口にしてしまう直情的傾向もあることはチアノも知っていた。

「ごめんなさい、でも子供の命がかかってるのよ」

「なるべく手短にお願いできます?こっちは寝てるところ叩き起こされて、メシ喰う間もなく向かわされてんだからさ」

「ええ、この郊外の研究室で三人の子供達が遊んでたところ…こうなったわけよ」

チアノの指さす方向には子供の足が生えた白い塊が鎮座していた。

「さっ、三人だよね。残り二人は?」

「真ん中の台座にも一人取り込まれて、残った男の子が助けを求める友人の腕を引っ張ったら……」

チアノが指さす台座の足元に子供の右手が転がっていた。


「これは、これは哀れなもんだね」

「一応、これ以上、吸収されないようにロープで固定してるけど、中身はどうなっているか」

「もう消化されてるんじゃないの?」

「いいえ、生物じゃないから吸収ね。あれは魔力元素マナの塊だから」

魔力元素マナ?なるほどね。だから私が呼ばれたのか」

サラトゥスの顔から苛立ちが消え、晴れ晴れとした納得の表情が占めた。

「ええ、無理に引っ張れば足がもげるかもしれない。だから手作業で丁寧に掻き出すしかないわけ。魔法耐性がある貴方にしかできない仕事なのよ」


 この世の中に魔力耐性という特異体質の者がいる。あらゆる魔術、奇跡を中和・無効化してしまう体質だ。

 例えば敵が放った死の呪文を無効化し、毒を飲まされ解毒の魔術だけ受け入れるといった都合の良いことはできない。自分を対象とした魔術、奇跡は全て無効化するのだ。

 黒鉄の民特有の筋力と魔法耐性を持つ彼女サラトゥスは、まさに今回の救出に打って付けの存在だった。


「もう時間がないのよ。急いで頂戴、このままじゃ、あの娘が吸収されちゃうの」

「へいへい、わかってますよ」

サラトゥスは肩の関節を鳴らしながら、少女の足が突き出た魔力元素マナの塊に向かって行った。

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