第2話 魔力元素についての考察

 知ってのとおり、魔術や奇跡は空気中にある魔力元素マナと定義されているものと引き換えに発現する。勿論、魔力元素マナが存在しなければ、それらが発現する事は無い。


 この魔力元素マナとは如何なるものかと研究をしてきた魔術師達の手により、魔力元素マナを吸収したり、遮断する特色をもつ物質が発見され、人工的に生成できるようになった。

 このように魔力元素マナに干渉できる物質は発見されていたが、この無味無臭たる魔力元素マナを固体化し、このような有色の塊に精製したのは前代未聞のことだ。調査をした魔術師達も驚きを隠せなかった。


 なぜなら万物に干渉し、森羅万象に変化をもたらすことのできる物質――魔力元素マナは、その遍く効果を及ぼすことのできる特性の為、常に不安定な存在であった。魔力元素マナ自体は互いに引き合い、時に反発しやすいのだ。


 例えば死者を蘇生させるなどの自然の理に逆らう大がかりな魔術を行う場合に対象の死体に魔力元素マナ集約させてゆく。

 だが、魔術師の魔力元素マナを扱う技量が未熟だと望んだ効果ではなく、その反発により魔力元素マナが対消滅し、何も起こらないばかりか、逆に魔力元素マナが引き合い強力になり、暴走し、全く別の効果を発揮することもある。

 例えば死体の腐敗が止まる。蠢く死体として蘇る、いや動き出す。死体が爆散したり、灰と化すこともある。最悪の場合、死体が消滅することもある。


 魔力元素マナの元素としての不安定さが、死者の蘇生などの大規模な魔力元素マナを必要とする魔術を困難とさせた。

 だが、魔力元素マナを固体化精製し、純度を高めた魔力元素マナ個体は、その問題を解決する素晴らしい研究成果だった。


 例えばコップ一杯分の水を浄化するのは魔術師にとっては朝飯前だろうが、海全体を浄化するには、それこそ術者の身近に大量の魔力元素マナと、空気に漂う不安定な魔力元素マナを大量に扱う技量が術者に必要だ。

 しかし、この魔力元素マナを固体化した白い塊ならば、熟達した技量がなくとも必要な魔力元素マナを安定供給できるのだ。

 この白い塊は魔術を扱えるものにとって、願えば、ほぼ全ての願いが叶う願望機といえた。土塊を砂金に変えれる者がいれば、一生涯、生活に困ることはあるまい。幾らでも金塊が生み出せれるようになるのだから。

 

 魔術師達から、ここまでの報告を聞いたチアノは素晴らしい発見だと思った。だが、この固体化された魔力元素マナには事件にも関わる大きな欠点があった。

 それは、この白い塊に、直接、触れた者は肉体を取り込まれ、やがて消化されるようなのだ。何故、この様な現象がおきるのか?


 この世には、悪魔、魔物、亜神など、この世ならざる者どもが数多くいる。その大半は異界の生物だ。

 異界の生物は住む次元、根源とする力、この世界と物理的法則や構造が違う世界の生物などの理由で肉体の維持ができず、この世に具現化できない。

 では異界の生物を、この世界に定着させるにはどうした良いのか。まず、彼らに対して、この世界に生ける者の肉体を提供し、彼らが元いた世界の姿に戻るための土台とする。


 異世界の生物は多量の魔力元素マナを用いて土台の肉体を変換させる。それ故、異世界の生物の肉体には残存魔力元素マナが多く付着していることが多い。

 また、変換後も肉体が現地に適応しないようであれば適応させるため、常に幾らかの魔力元素マナが必要になる。

 見方を変えれば異世界の生物共は魔力元素マナの塊と言えた。


 魔術師達が部屋に残された日記を解読したところ、この廃屋の主は異世界の生物を召喚し、未熟な状態の彼らを一つに合成し、自我、意志、知覚など魂といえるもの全てを対消滅させ、残ったものも何らかの精神的摩耗により消滅させることにより、悪意を失った大いなるものを創造しようとした。

 彼が神々が集う神面都市グラード・ヤーの郊外に住居を構えたのも理解できよう。


 しかし、悪魔を純粋化させたからといって対義にある天使は誕生しなかった。悪魔から根源たる悪意という意志を無くし、虚無的な存在に純化させると、悪魔を悪魔たらしめる存在意義がなくなり、同一性が失われ純粋なエネルギー体と化し白い不定形生物として暴走する。台座と結界は虚無的不定形生物に対する封印だった。


 この不定形生物は魔力元素マナの影響を受ける生物を吸収し同化する。もしくは一部の生物は肉体を変化させ何らかの暴走をおこす恐れがある。

 勿論、人間も魔術で傷つき、奇跡で傷を癒される。魔力元素マナの影響を受ける生物の一つだ。

 もはや少女の救出は絶望的だろう。今回ばかりは女法皇エンプレスと称される彼女チアノの裁きも、老魔術師の野望が生み出した異常な物体には通用しない。


 魔術師達から報告を受けてからチアノは待っていた。この事態に、唯一、対処できる人物を。

「まだ、来ないのかしら?」

(もう待てない。このままロープで強引に引っ張り上げてしまおう)

このままでは少女の命も危うい、彼女チアノの焦りと苛立ちが限界点に達しようとした、その時、薄汚れた研究室に少ししゃがれた女性の声が響いた。

「傭兵隊長サラトゥス、お招きにあずかり参上いたしました!」

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