願望機~傭兵隊長サラトゥスの受難

多仁寿すもも

第1話 発端

 我々の住む世界と異なる世界に幾つかの大陸が存在し、その中で一番大きい大陸の南端から、東廻りで沿岸沿いに北上すると潟湖に行き着く。潟湖の北側には大きな港が見える。

 城塞都市グラード・ヤーの港だ。 


 この周辺を険しい山々に囲まれ、南部は潟湖に面している城塞都市を上空から見下ろせば、天を見つめる人の顔のような形をしている。

 それ故、人々は神を見つめる都市、神面都市じんめんとしグラード・ヤーと呼んで、慣れ親しんだと云われている。

 或いは、この世で信仰される、ありとあらゆる教義の神が集い、訪れる者は嫌でも神々と向き合わねばならない為、神と見つめあう都市という意味合いで、神面都市と呼称したとも云われている。


 当時の者達が、どう考え、思ったところで、城塞都市グラード・ヤーが神面都市と呼称されてた事実に変わりはない。

 そんな神面都市グラード・ヤーの郊外にある廃屋で事件は起こった。


 廃屋の地下にある一室には、5人の男女がひしめきあっていた。部屋の広さは、それなりにあるのだが、そうせざるを得ない事情があった。

 その理由は彼らがひしめき合っている部屋の片隅と、対角線上の片隅にある三つの台座にあった。

 台座の上には一づつ白い球体が設置されていた。球体は大人の男性くらいの大きさだ。


 隅の壁際に持たれかかった女性が、豊かな赤髪をかき上げながら苦々しげにつぶやく。彼女の僧衣には契約神ヴェルナの紋章が縫い付けられていた。

 紋章から察するに、神面都市グラード・ヤーの治安を管理する契約神ヴェルナの神官長であり、現場の責任者だということがわかる。

「困ったことになったわね」

 彼女の鋭いまなざしが、廃棄された研究室の片隅にあるオブジェに注がれた。


 暗がりの中で人でもなく物でもない、白い牛脂の塊みたいな存在が、時折、表面を微かに脈動させながら、魔術的結界であろう物に囲まれた台座に鎮座していた。

 そのうちの一つから、子供の両足が天に向かって二本生えていた。まるで球体の可愛らしい耳の様に。

 さらに足首には、それぞれロープがかけられており、まるで小動物を虐待して吊るすかの如く天井に向かって伸びていた。


「それ以上、近寄っては駄目よ!なにが起こるからわからないから!」

 彼女が叱責した先には、天井にかけられた二本のロープの一端を手に持った男達がおり、結び先を探しているうちに台座に近づいてしまったのだ。

「それは危険な代物よ。近づきすぎると、その娘と同じ運命になるわよ」

「すみません、チアノ隊長」

男達は下位の神官なのだろう、もう一人も黙って申し訳なさそうに軽く頭をさげる。


 彼女の名前はチアノ、宗教都市である神面都市グラード・ヤーに多くいる神官長の一人だが人々はこう讃えた。

—その美しい顔は法の清らかさを、両の腕がたずさえる大剣は執行者の峻厳さを、燃える赤毛は熱き信仰の炎で満ちていた。

 その名はチアノ、女法皇エンプレスチアノ・ヴァレンチノと。


 チアノの傍らで長衣ローブを身にまとった二人の男性が興奮冷めやらぬといった感じで騒がしく語り合っている――これは一大発見だと。

 彼らは神面都市グラード・ヤーを治める評議会に雇われて派遣された魔術師達だ。魔術の専門家である彼らは台座を囲む結界を調査し、驚愕し、一つの結論を出していた。その答えは耳を疑いたくなるような内容だった。

 チアノの脳裏に、先ほど魔術師達が語った調査結果が蘇る。


――調査結果を報告します。あの白い塊は魔力元素マナが固形化したものです――


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