帰還
まぶしい光が俺の体を包んでゆく。
俺はそれに応えようと強く目を閉じる。
次第に光が止んでいく。
とっさに目を開けるとそこはやはり草原だった。
しかしその景色は青々としている。
少し見回してみると、どうやら空き地に近い草原の中心に立っているようだ。
奥に見える山からは朝日が俺を照らしてくれている。
もしかしたら本当に酔っぱらってそこらへんで寝てしまっていたのかもしれない。
少し辺りを歩くと人々や車が行き交っている道路が見えた。
期待と不安が混ざりながら走って向かう。
さっきまであの世界を散々歩いていて疲れていたはずなのに、不思議とその足取りはとても軽い。
そこには自分でも驚くほどに見慣れた景色が広がっていた。
そして同時に、ほんの少しだけ安堵した。
持っていたスマホで確認したところ、幸いなことに自分が今いる場所は自宅からさほど遠くない場所だったようで時間こそかかりはしたものの何とか無事に帰宅することができた。
また仕事の出勤に関しても今日は出勤の時間が遅めだったためそのまま支度を整え、遅刻することもなかった。
しかしながら通勤中も、仕事中も、そして家に帰ってからも俺の頭の中はあの地獄の事でいっぱいだった。
あれは現実のことだったのだろうか。
もしかしたらまともに歩けなくなってしまうぐらいに酔っぱらってしまったか、あるいは過労か何かが原因で倒れた時に見た夢なのかもしれない。
どちらにしろ今の俺にはそれを調べる余地など到底なかった。
……あの場所で何か大切なことに気付けたのだろうか。
何か自分の人生を変えるようなものがあったのだろうか。
いや、もしかしたらそれすらないのかもしれない。
だとしたら本当に徒労だ。
これからも俺は変わらずに同じ職場で同じ仕事を続けていくだろうし、結婚を夢見て合コンやらお見合いやらに行くこともしばらくはないだろう。
だとしても何か一つでも、ほんの少しの思い出もなかったのだろうか。
「あなたはあなたが生まれた世界の方が心地いいように私たちにもどんなにあなたたちが不気味だと思っていても心地よい世界が、居場所があるのよ。」
彼女はそう言っていた。
確かに俺には何故彼女があんな場所に留まろうとするのか理解することができなかった。
しかし、彼女にとってはやはりあの場所にいた方が心地よいのだろう。
俺にそれを止める権利はない。
同時に俺がこの世界に戻ろうとするのを止める権利も彼女にはない。
お互いが理解できない世界があるのならわざわざそれを土足で踏みにじりあうこともないだろう。
交わろうとしなければそこには何も生まれないのだから。
しかし、あの時の彼女の目はどこかうらやましそうでもあった。
月明かりしか浴びたことのない彼女にとって、光あふれる向こうの世界は大層うらやましいものだったのだろうか。
だけれど自分が行ったとしてもそこでは生きていくことはできないと知っているからこそ余計に行ってみたいと強く思ってしまったのかもしれない。
可哀想と思うのはむしろ彼女を傷つけてしまうだろうか。
その後も色々と考えていたが、ふと時計を見ると時刻はもう12時を回ろうとしていた。
俺は明日の仕事に備えて、布団に向かい寝ることにした。
今度はあの場所に迷い込んでしまわぬよう強く願って。
~地獄にて、歩き出す~ 完
地獄にて、歩き出す 霜野 由斗 @Rodoki
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