それぞれの世界

 そんなこんなで俺は二人の化け物に指された方向へとただひたすらに進んでいた。

 道中で色んな事を考えた。

 先ほどあった化け物にはもちろん最初に話したあの化け物についてもだ。

 人間一人一人に紆余曲折な人生があるようにあの化け物たちにもまたそれぞれの人生があるのだろうか。

 だが、それは俺たち人間にとっては単調すぎるものだろうか。

 もちろんいくら考えても答えなどでなかった。

 でるわけがなかった。

 今まで何度か様々な格好をした化け物たちに出会ってきたが、何故か今は一度も出会うことはなかった。

 この辺りは化け物たちが生息しておらず、また近づこうともしてないのだろうか。

 どれくらいたったのだろうか。

 もしかしたら方向がずれてしまったのではないかと疑ってしまうほどに長い時間が経過した時。


「あっ」


 木々の隙間から何か巨大な石の板のようなものに見えた。

 残り少ない体力を使って早歩きし、素早く木々の間を通り抜けていった。

 しばらくすると広々とした野原のような場所に出た。

 相変わらず草木は黒い。

 そしてその中心には確かに門のような重苦しい雰囲気を放っている巨大な石の板が2枚、両開きするように置かれていた。

 石の板の周りには建物のようなものはなく、不気味なほどにその石の板はぽつんとひとりでに佇んでいた。

 近づいて石の板を観察するとそれぞれの石の板の片面に取っ手のようなものが付いているのを発見した。

 だがそれは逆に疑問でもあり不安でもあった。

 なぜこんなところにぽつんとあるんだ?

 本当にこれを使えば元の世界に帰れるのか?

 そもそもこれは一体誰が作ったんだ?

 もしかしたらこれは本当に、ただの巨大な2枚の石の板なのかもしれない。

 この板の間を通っても何も起こらないのかもしれない。

 しかしそうは思っても他に元の世界に帰れそうな手段もない。

 覚悟を決めて取っ手に手をかけようとしたその時。


「こんにちは」


 少女のような声をかけられた。


(まさか元の世界に帰ろうとしたのがバレて怒っているのか?)


 そう思ったが、もしも元の世界に帰れなかったことを懸念し、素直に声をかけられた方へと恐る恐る振り向いた。

 そこには今までの化け物とは違い、白髪の一つ結びで、無表情な顔に紫色の目をしており、医者が着るような白衣に黒いシャツとズボンを着た15~16才程の少女であった。


「どうも、こんにちは」

「あちらの世界に住まわれている方ですか?」

「ああ、そうだが」

「ここに来たということは、もうそちらの方へ帰るという決意はされているということでしょうか?」

「……まあ、そうだね。ちなみに先に行っておくけど、君にどう止められようと

私は絶対に元の世界に帰る気だよ。」

「いえいえ、お気になさらず、別に止めようというわけではありません。ただあちらの世界におかえりになられる前に色々と聞いておきたいことがありまして。」

「……なんだ?」

「あなたがここへ迷い込んだ理由です。」

「それは俺が知りたいよ、目が覚めて気付いたらこんなところにいたんだ。」

「そうなんだ。普通にここに人間が迷い込むときは神様がその人をここへ連れてくるものなのだけれど」

「だとしたらものすごく嫌な神様だな。俺は絶対信仰しないね。」

「もしかしてあなた、あちらの世界で色々とあったり、何か悩みごとでもあったの?」


 言われてみれば心当たりはいくつかあった。

 確かにここ最近は仕事がかなり忙しくなり、いつも疲れていたような気がした。

 やめたい、とまでは思わなくとも色んな事について疑問に思っていた。

 しかし、それが神様が自分をここまで連れてくる原因になるとも思えない。

 自殺を計画していたわけでもないし、転職を考えていたわけでもない。

 それでも自分が思っている以上に色々と抱えていたのだろうか。

 とにかくそれがきっかけとなり神様というものが私をここへ連れてきたのだろう。

 少女は続ける。


「何か、ここで気付けたことはあるかしら?」

「さあな、ただ意外と面白くはあったよ。だけれどあくまで俺はあちらの世界に住んでいる人間だ。その世界を捨ててここに残る気はない。」

「そう。あなたがそう決意して行けるのならそれがいいわ。」

「……ひとつ疑問に思ったんだが、なんでここの世界のやつらはこの門の事、知ってんだ? 普通ならここに迷い込んだ人間しか使わねえから知る必要なんてないだろ」

「その化け物たちもかつてこの門を使ってあちらの世界に出ようとしたからよ。」「!?」

「だけれど出ることはできなかったわ。いや、正確には出ることができたのだけれどその勇気が持てなかったのよ。結局私もあなたも生まれた世界で生きるしかないのよ。」

「……」

「それじゃ門を開けるわよ。」


 少女がそういうと二人はそれぞれ取っ手に手をかけ力強く引いた。

 その見た目に反してか扉は地面等とこすれるような音はしたが、

開けるのにそこまで苦労はしなかった。

 本来なら何もないはずなのにも関わらずまばゆい光が門の形へと輝いていた。       

 ゆっくりその中へと進む。


「もうひとつ疑問なんだが、君は来ないのかい?」

「えっ?」

「だって君はあの化け物たちと違って、きちんと俺たちの世界の人間の格好をしているじゃないか。」

「・・・いや、いい。やっぱりここにいるほうが心地いいから。」

「そうか」

「あなたはあなたが生まれた世界の方が心地いいように私たちにもどんなにあなたたちが不気味だと思っていても心地よい世界が、居場所があるのよ。」

「確かにそうだな。……君とは二度と会わないことを願うよ。」

「私もそう思っておくわ。」


 俺は、少女は、口にする。


「それじゃあ/それでは」




「さよなら/さよなら」

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