クリスマス鮑事変

尾八原ジュージ

クリスマスケーキ中止のお知らせ

 ふたりで食べるクリスマスケーキが「煮貝」になってしまったことに、帰ってきた夫はたぶん驚くと思う。


〜・〜・〜


「えっ、なんで? これ鮑だよね? なにこの真空パック。ケーキは?」

「ごめん。ケーキない。鮑になっちゃった」

「いやでもほんと、なにこれ? 煮貝って。初めて見た」

「これ、山梨県の名産品」

「山梨なの? 鮑なのに? 山梨って海なし県じゃん」

「おっ? 山梨県民の海がないだけに海を恋い慕う気持ち、舐めるなよ?」

「舐めてないけど、あなた実家千葉じゃん」

「おっしゃる通りです」

「へー。こういう食べ物があるんだ……」

「お店のウェブサイトによればなんでもその昔、駿河の海でとれた鮑を加工して醤油に漬け込んだものを、馬に積んで甲斐の国まで運んでいったそうなのじゃ」

「なんで日本昔ばなしみたいになったの?」

「昔の話だから。そしたら甲斐に着く頃にはいい感じに味がついて、甲斐の煮貝はうまいと評判になったそうじゃ」

「なるほど、それで名産品になったと」

「めでたしめでたし」

「そうだね。で、なんでケーキが鮑になっちゃったのか、まだ聞いてないんだけど?」

「えっと、あのさ。まず五千円くらいのちょっといいケーキを買って、ふたりで食べようって話になってたじゃない」

「うん、なってたね」

「でも私、気づいてしまったのね……予算五千円あれば、煮貝が買えるんじゃない? って」

「いや、気づいてしまったのねじゃないよ」

「まぁ実際消費税と送料で足が出ちゃったんだけど」

「足りなかったのかよ」

「うん」

「他に言うことは?」

「……ごめんなさい」

「はい、もうこういうことやらないで。次からはちゃんと相談して」

「はい! 本当にすみませんでした!」


〜・〜・〜


「ディナーおいしかったよ。ごちそうさま」

「じゃあ、煮貝切るね!」

「えっ、今食べるの」

「だってケーキの代わりの煮貝だよ?」

「そうだけど、クリスマスだよ? クリスマスに鮑を醤油ベースの汁に漬け込んだものを食べるの?」

「いいじゃん! 煮貝は高級品なの! 特別な日に食べて然るべきなの!」

「しょうがないなこのひとは……」

「というわけで、スライスしたものがこちらでございます」

「はっや」

「彩りにカイワレダイコンを添えております」

「見ればわかる」

「ねー、ほんと食べればわかるって! 絶対好きなやつだから! 今年のクリスマスはこれで決まり!」

「まぁおいしそうだけどさぁ、こっちは今日はもう食後にケーキ食べるつもりで、そのための舌と腹で……うっま!」

「ほら見ろ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クリスマス鮑事変 尾八原ジュージ @zi-yon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ