第90話 転生したらいきなり艦隊決戦

 伊四〇〇の晴嵐を使ってホワイトハウスを直撃、日本に対して無条件降伏しか認めようとしない石頭のルーズベルト大統領を爆殺するか、それともロスアラモスの研究所を襲撃してマンハッタン計画を挫折に追い込むか。


 あまり現実的では無い考えに囚われているのは、はっきり言って手詰まりだからだ。

 確かに日本軍は健闘している。

 戦艦や空母といった艦艇のキルレシオに限っていえば圧倒していると言ってもいい。

 だが、やはり違い過ぎるのだ。

 経済力が、工業力が、科学力が、つまりは国力が。

 米国と何度も戦ってみて分かったが、とてもではないが日本の勝てる相手ではない。

 インド洋失陥で経済的苦境に立つ英国や、あるいは果てしなく援助を求めるソ連に対し、米国はこれでもかとばかりにせっせと物資を送り込んでいる。

 一国で複数の同盟国を支える米国は、それでもくたびれた様子を見せない。

 米国の生産統計をみればそのいずれもが右肩上がりだ。


 そんなチート国家打倒に悩む俺が、頭の回転を促すために有名な某羊羹で糖分補給をしようとしたその時、周りが何ともいえない淡い光に包まれる。

 同時に浮世離れあるいは現実離れした、もっと言えばアニメで見た転生ラノベの女神の世界が出現する。

 見覚えのある光景。

 その景色から滲みだすように現れた影が徐々に女のそれへと形を変える。

 黒い髪と黒い瞳、白い布に包まれた起伏に乏しいシンプルなライン。

 特に色白といったわけでもなく、その造りは典型的な日本人の顔。

 顔はクラスで女子が二〇人いたら一〇番手か一一番手といったあたり。

 間違い無い。

 人事局転生課のベティ・ワンショットライターだ。

 俺を異世界ではなくミッドウェー海戦真っ只中の空母「赤城」に叩き込んでくれた自称女神。

 そのベティに頭で考えるよりも先に口が動く。


 「おい、ベティ。お前、俺に何か言うことがあるよな」


 激戦をくぐり抜け、こわもての海軍将兵(主にベテランの下士官)によって鍛えられた目力をもって俺はベティをにらみつける。


 「ちょっと、どうしたんですかジュンさん。少し見ない間にずいぶんと目つきが悪・・・・・・じゃなくて貫禄がついたようですが」


 「何度も死線を超えたんだから貫禄ぐらいつくわ! それよりも質問に答えろ。なんで異世界ではなく戦時中の日本に俺を送り込んでくれたんだ!」


 荒ぶる俺に対し、だがしかしベティは涼しい顔だ。


 「ああ、それでしたら謝ります。単に私のケアレスミスです。女神の使う呪文は英語とよく似ていて、スペルを一つ間違うだけで全然意味が違ってくるんですよ。

 まあ、それで異世界に飛ばす・・・・・・じゃなくて送り込むはずが過去の日本になってしまったわけです。

 で、ジュンさんが戦時中の日本に来たのは半分は本人の意思です。例えばジュンさんが織田信長のファンだったら戦国時代、新撰組のファンだったら幕末に行っていたはずです。

 だから、艦オタのジュンさんがこの時代に転生したのは何の不思議も無いのです。そこがミッドウェー海戦の現場だったのは、おそらくはジュンさんがその海戦に強い思いを持っていたからです」


 艦オタであれば、ミッドウェー海戦ほど悔しい戦いはないだろう。

 だが、問題の本質はそこではない。


 「じゃあ、何か? 俺はお前の凡ミスでここまで苦労してきたってわけか?」


 「ビンゴです。なので、お詫びかたがたジュンさんを異世界にお連れすべく女神で尊い存在である私が昭和一九年のこの世界まではるばる出向いてきたというわけです」


 お詫びという割にはすごく偉そうなベティに、しかし俺は気を取り直して気になっていることを尋ねる。


 「俺が異世界にいったら、この世界の状況はどうなるんだ?」


 「ああ、それでしたらご心配無く。時間をミッドウェー海戦まで巻き戻して何も無かったことにしますから。魔法や、まして魔王がいないこの世界で時間をいじることは造作も無いことなんですよ」


 安心してという意を込めてのつもりなのか、話し終えた後でベティが静かに微笑む。

 なんか腹立つが、しかし文句を言ったところでこいつが相手では暖簾に腕押しなだけだろう。


 「分かった。じゃあ、そうしてくれ」


 俺の言葉にベティが今度はびっくりした表情になる。


 「どうした。何かへんなことを言ったか?」


 訝し気な俺の態度にベティが慌てたように首を振る。


 「いえいえ。ふつうでしたら俺が苦労してここまで日本軍を勝たせたんだから時間を巻き戻すなどもってのほかだとか言って怒られるのかと思っていました。まあ、怒られても女神権限でやっちゃいますけど」


 ベティのあけすけな物言いに俺も毒気を抜かれる。


 「俺はもう十分に軍艦を堪能したよ。『赤城』や『大鳳』に乗れたし、『大和』ではおいしいカレーにもありつけた。この二年あまりの間は艦オタの俺にとってすごく充実した時間だった。

 だけどな、やっぱり人を殺したりするのは性に合わないというか、正直言ってかなりきつい。で、お前が時間を巻き戻してくれたら俺が殺した人たちは復活するんだろ? なら、そうしてくれ」


 俺の気持ちを察したのか、ベティが静かにうなずく。


 「じゃあ、転生のやり直しをしますね。

 でも、大丈夫ですか? 異世界に行けば魔王軍と戦うことになりますが、中には人型のモンスターだっていますよ。ダイナマイトバディの鬼っ娘とかやたらエロいハーピィ、それに美幼女型ドラゴンといった連中は、今の話を聞く限りジュンさんにとってすごく戦いづらい相手だと思いますけど」


 ベティの少しばかり懸念を含んだ問いかけに、しかし俺は任せておけと請け負う。


 「本物の人を殺すことを思えば、たとえどんなに人間に似たモンスターであってもそれを狩ることにためらいを覚えたりはしねえよ」


 「それを聞いて安心しました。実は、ジュンさんの後で異世界に送り込んだ四人のうちの一人があっさり戦死しちゃいまして。

 それで、残った川崎さんと愛知さん、それに川西さんの負担がすごく大きくなっているんですよ。それでどうしたものかと思案していたら、いるはずのジュンさんがいないことに気づきまして。

 で、ジュンさんを探していたらまさかの昭和一九年だったので正直びっくりしましたよ。 アハハハハハ」


 二年もの間、存在を忘れられていたこっちのほうがびっくりだ。


 「じゃあ、今から異世界への転送魔法を発動させますね。

 魔王軍と戦える人が減って苦労している川崎さんや愛知さん、それに川西さんもジュンさんが助っ人に来てくれたらきっと大喜びするはずです」


 俺の言葉に喜ぶベティだったが、ふと気になることが脳裏に浮かんだので質問する。


 「なあ、あっさりと戦死した奴って何が原因で死んだんだ?」


 「ああ、彼はジュンさんとは違って特化型の魔法使いだったんですが、自身のスキルを一切合切攻撃魔法に回しちゃんたんですよ。

 なので、破壊力は他の誰よりもすごいんです。けど、自身は紙防御だったんですね。それで、最後はゴブリンに後ろから殴られて死んだというか異世界退場となったわけです」


 話を聞いていると、まるで七・七ミリ弾一発でパイロットキルされかねないどこかの国の戦闘機のようだ。

 その戦闘機は戦後の技術者の自画自賛によって国内では名機扱いされているが、一方で、時に撃墜されながらもしかし最後まで激戦を生き抜いた欧米のパイロットからはそのあまりの無防備さにクレイジーと吐き捨てられている。


 「そいつの名前を教えてくれるか」


 「ジーク三菱さんです。確か、日米のハーフだったように記憶しています。ジュンさんとは違い女神に対する口のききかたを心得たスマートな方でしたね」


 最後にひと言、嫌味を言ってからベティは俺に微笑を向ける。


 「先に歴史の修正をしてからジュンさんを異世界にお送りしますね。

 あっ、歴史修正の詠唱は一瞬で終わらせますから、ご心配なく。今度こそ女神である私の能力の高さを実感していただけると思いますよ」


 そう言うやいなやベティが詠唱をはじめ、それとともに周りが神々しい光に包まれる。

 同時に意識が霞んでいく。


 それからどれくらい経ったのかは分からない。

 ただ、意識を戻した俺はなぜか「大和」の甲板にいた。

 その「大和」はマリアナ沖海戦の時よりも明らかに対空火器が充実しているのがひと目で分かった。

 大海原を征く「大和」、その周囲を九隻の艦艇が固めている。

 「大和」の前方にあるのは「阿賀野」型軽巡洋艦で残りはすべて駆逐艦だ。

 俺は状況を悟った。

 ベティはまたしてもやらかしてくれたのだと。



 (終)



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転生したらいきなり艦隊決戦 蒼 飛雲 @souhiun

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