第89話 勝ったけど

 米艦隊が壊滅したからといってすべての戦闘が終わったわけではなかった。

 第一艦隊と第二艦隊は零戦の傘の下、悠々とトラック島に接近、同島を取り囲んだ。

 トラック島の米航空隊は彩雲による奇襲攻撃によってその多くがすでに失われていた。

 難を逃れたわずかばかりの戦闘機と爆撃機が第三艦隊に反撃してきたが、しかしそれらは多数の零戦によって返り討ちにされてしまった。


 「全艦砲撃を開始せよ」


 第一艦隊司令長官の伊藤中将が静かに命じる中、「大和」や「武蔵」をはじめとした戦艦が砲門を開く。

 戦艦同士の砲撃戦で中破の判定を受ける損害を被った「長門」と「陸奥」を除く一〇隻の戦艦、それに一二隻の重巡洋艦が事前に定められた目標に対し、次々に巨弾を撃ち込んでいく。

 陸上砲台をはじめとした厄介者は天山による爆撃や零戦の銃撃によって事前に排除してあった。

 さらに、第三艦隊の艦上機隊は環礁内に取り残された、つまりは逃げ遅れた商船や小艦艇を狩りにかかる。

 中には浮きドックや工作艦といった大物もいたが、もちろんそれらは最優先で爆撃や雷撃の目標となる。

 一〇隻の戦艦と一二隻の重巡は自衛に必要な二割ほどの砲弾を残し、あとはすべてトラックの地に叩きこんだ。

 さらに、第三艦隊は小型空母に搭載された九七艦攻やあるいは護衛艦艇の水上機を使って積極的に潜水艦狩りを展開、トラック近傍海域に潜んでいた潜水艦五隻を発見し、そのうち二隻を撃沈する戦果を挙げた。


 その頃には艦隊決戦で挙げた戦果の集計も終わっている。

 空母は「エセックス」級正規空母七隻に「インデペンデンス」級小型空母が五隻、さらに護衛空母二〇隻を撃沈した。

 それらと同時に失われた艦上機は一四〇〇機から一五〇〇機程度と推定されている。

 水上打撃艦艇のほうは旧式戦艦九隻に巡洋艦が一二隻、それに駆逐艦がちょうど一〇〇隻。


 残念だったのは米軍が上陸作戦に至っていなかったことだ。

 もし、第一機動艦隊が戦場に到着するまでに米軍が上陸作戦に移行していたのであれば、輸送船団やその護衛艦艇、さらには上陸軍を一掃出来たはずだ。

 だが、第一機動艦隊の対応があまりにも素早過ぎたために皮肉にもその好機を取り逃がす結果となってしまった。

 それゆえ、その鬱憤をこうやってトラックの米軍にぶつけているのだが、これはこれで相手に対してさらなるダメージを与えたことは間違いの無いところだった。






 「これで年内の米軍の侵攻は無いとみて間違いないですな」


 マリアナ沖海戦という、皇国の興廃をかけた戦いをどうにか乗り切った小沢長官がその表情に安堵の色を浮かべつつ俺に話しかけてくる。


 「この戦いで米軍は数万の将兵とさらに数千にも及ぶ搭乗員を一度に失ってしまったわけですから、そこは間違いのないところでしょう。いくら人材の教育システムや供給能力が卓越している米国といえども、これだけの人的被害を出してしまえば、とても半年やそこらで回復出来るものではありません」


 小沢長官の問いかけに首肯しつつ、だが俺は別のことを考えている。

 帝国海軍の最大の敵である「エセックス」級空母は今回のマリアナ沖での戦いと昨年の第三次ミッドウェー海戦で合わせて一一隻撃沈している。

 だが、実のところ同空母は三二隻が発注されているはずだ。

 だから、実際には三分の一ほどを葬ったのにしか過ぎないのだ。

 あるいは、史実を遥かに上回る空母の損耗を補うべく、同級空母が追加発注されているかもしれないし、米国ならあっさりとそれをやりかねない恐ろしさがある。

 そのうえ、来年からはその「エセックス」級空母を遥かに上回る四五〇〇〇トン級空母が就役を開始する。

 飛行甲板装甲と、幅広の船体によってそれまでの空母とは一線を画す充実した水中防御を誇るこの巨大空母を一隻沈めるのに、はたしてどれだけの天山や流星が必要になるのか俺には想像もつかない。


 米軍の人材供給能力の底がどの辺にあるのかは分からないが、建造される正規空母に関して言えば、それはもう無尽蔵といってもいいくらいの力を残していることは間違いないはずだ。

 これからどうやって二〇隻あまりの「エセックス」級空母とさらには超大型空母を撃破すればいいのか。

 それに、F8Fベアキャットをはじめとした近い将来に現れる新型艦上機や、あるいは大量配備間違い無しのB29や潜水艦もまた脅威だ。

 そしてなによりも恐ろしい広島や長崎を破滅へと追いやった新型爆弾。

 この戦い、確かに勝つには勝った。

 だがしかし、あまりにも大きな宿題に俺は勝利を喜ぶ気にはなれなかった。

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