第88話 殲滅戦

 第三艦隊の各空母から発進した零戦と天山は五群からなる護衛空母部隊に猛攻を仕掛けていた。

 二四九機の零戦は四〇隻の駆逐艦を、一一三機の天山は二〇隻の護衛空母を各小隊ごとに狙う。

 真っ先に腹に二五番を抱えた零戦が米駆逐艦に向けて緩い角度で降下を開始する。

 急降下爆撃に替わり、今や母艦航空隊の基本戦術の一つとなった緩降下爆撃だ。


 狙われた側の米駆逐艦も一二・七センチ砲や四〇ミリ機関砲、それに二〇ミリ機銃を振りかざして反撃する。

 だが、いくら対空能力に定評のある米駆逐艦といえども、小艦ゆえに装備できる火器の数は戦艦や巡洋艦に比べれば大きく劣る。

 一方、零戦のほうは被弾機が相次いだものの、防弾装備が充実している五四型で固めていたために致命傷には至らず、撃墜される機体は思いのほか少ない。


 その零戦が投下した二五番は直撃すればもちろん、至近弾であっても船殻の薄い駆逐艦には深刻な被害を与えた。

 投弾に成功した二三七機の零戦のうち、命中したのは一割に満たない二二発だけだったが、一方で同じくらいの数の至近弾が目標とした駆逐艦の水線下に亀裂や破孔を穿つなどといったダメージを与えており、逆に無傷で攻撃をしのげた米駆逐艦は全体の二割にも満たなかった。

 だが、それら無事だった艦も爆弾を投下して身軽になった零戦から機銃掃射を散々に浴びる。

 零戦が装備する二〇ミリ機銃は一般的な一二・七ミリ機銃のそれとは段違いの破壊力を持つ。

 なかには魚雷や爆雷が誘爆して沈没に至る艦まで出る始末だ。


 一方、一一三機の天山から狙われた護衛空母のほうは駆逐艦よりも悲惨だった。

 それら護衛空母は少ない艦で三機、多い艦だと六機の天山から狙われた。

 三〇ノットを超える正規空母に魚雷を命中させることを目標に訓練を積んできた天山の搭乗員にとって二〇ノットすら出せない護衛空母は静止目標といっても過言ではない。

 しかも、天山の搭乗員の半数以上は実戦経験者で固められていたから、米正規空母の運動性能の良さや対空砲火の凄まじさもまた身をもって理解している。

 そんな彼らにとって火力が弱く脚の遅い護衛空母は単なる的でしかなかった。

 さらに、商船構造に近い護衛空母は正規空母ほどには打たれ強くない。

 二〇隻の護衛空母の中で天山による雷撃を回避出来た艦は皆無で、被雷した艦は一隻の例外も無く脚を止めて洋上の松明と化した。


 そこへ第二艦隊の高速戦艦や重巡洋艦、それに水雷戦隊が殴り込みをかけてくる。

 例えは悪いが、半死半生の病人に暴力集団がカチコミをかけてきたようなものだ。

 いまだに脚を残している米駆逐艦には重巡や水雷戦隊といった軽快艦艇が数にものをいわせてこれを袋叩きにし、四隻の高速戦艦は脚を奪われた護衛空母や駆逐艦に三六センチ砲弾を叩きこんでいく。


 阿鼻叫喚の地獄に落ちた護衛空母部隊に、だがしかし差し伸べられる救いの手は無い。

 制空権のない中でTBFを使うわけにはいかなかったし、頼みのB24もたった一機の未知の高速機の奇襲攻撃によってすでに壊滅的打撃を被っている。

 なにより護衛空母部隊にとって不運だったのは第二艦隊司令長官が角田中将だったことだ。

 帝国海軍きっての猛将は有利な状況であれ不利な状況であれ、行け行けどんどんで突き進む。

 もちろん、負けているときや不利な状況であればいろいろと問題は生じるが、しかし圧倒的有利に事が運ばれているのであれば、そこで指揮を執る角田中将は世界最強の提督と言っても過言ではない。

 その角田中将の勇猛過ぎる指揮によって護衛空母部隊は散々に蹴散らされてしまった。


 第二艦隊が落穂拾いよろしく護衛空母を平らげた頃には第一艦隊もまた米機動部隊残存艦隊を屠っていた。

 第一艦隊司令長官の伊藤中将もまた、角田長官に負けず劣らず米機動部隊残存艦隊を蹂躙した。

 「長門」と「陸奥」を除く六隻の戦艦はそれこそ牛刀をもって鶏を割くがごとく、傷ついた米艦に四六センチ砲弾や三六センチ砲弾をしたたかに浴びせていった。

 大口径砲弾を食らった米艦は一隻の例外も無く艦上構造物を砕かれ、船体をズタボロにされて海底へとその身を沈めていった。


 第一艦隊と第二艦隊の情け容赦ない猛襲によって米第三艦隊は壊滅した。

 後に残ったのは海面に漂う残骸と、波高い外洋で溺れまいと必死にもがく哀れな将兵のみだった。

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