第87話 トラック奇襲

 午前一時に第三艦隊旗艦の装甲空母「大鳳」を発った彩雲は発艦してほどなく、高度を上げつつその機首を南東へと向けた。


 その彩雲に乗ってみて俺は思い出したことがあった。

 俺がトラックにはねられて死ぬまで、つまりは俺にとっての前世においてこの彩雲が打電したという名言だが、はたして「我に追いつくグラマン無し」なのかあるいは「我に追いつく敵機無し」のどちらが正しいのかで艦オタ仲間の間でちょっとした議論があったのだ。

 で、その時は決定的なファクトやエビデンスを見つけることが出来ず、帝国海軍に関しては一次資料もオーラルヒストリーも頼りねえ~という結論に落ち着いた。

 こういうしょうもないことに時間や労力を割く艦オタというのは変な生き物だと、つくづくそう思う。

 もちろん、俺もそのうちの一人だったので、偉そうなことは言えないのだが。


 で、再びその彩雲だが、最高時速が六〇〇キロを超えるその韋駄天が有名だが、それとは別に四〇〇キロ近い巡航速度と増槽を付ければゆうに五〇〇〇キロを超える航続力こそが偵察機としてのなによりの美点だ。


 夜の闇の中を飛ぶこと四時間あまり、トラック島を大きく外れて南下と東進を続けた彩雲は今度は超低空飛行に遷移し、南東からトラック島を突き上げる進路に乗る。

 この時間になれば東の空もわずかばかり明るくなっており、空と海面の区別は十分につく。

 四〇〇キロ近い速度で超低空飛行を強いられる操縦員の負担は相当に大きいはずだが、そこは俺の回復魔法でベストコンディションを維持してもらっている。

 もちろん、後席の電信員にも同様のサービスは提供済みだ。

 幸い天候も良かったので強風に煽られることもなく彩雲はトラック島を視認できる位置にまで何事もなく到達する。


 航続距離が少なくて済む南西側ではなく南東側からトラックに侵入したのは敵の飛行場が東部に集中しているからだ。

 竹島をはじめ冬島や秋島、それに夏島や春島など四季の名を奉られた島々にある飛行場の上空を彩雲が駆け抜ける。

 そのたびに俺は火炎弾で地上にある機体を焼き払っていく。

 どの機体も燃料や爆弾、あるいは銃弾を満載していたのだろう。

 爆発がそれこそ面白いように連鎖していく。


 レーダーに探知されないように超低空飛行でぎりぎりまで接近したこと、なにより南東からという米軍側からすれば思いもかけない方角から進入したことで彩雲の攻撃は完全な奇襲となった。

 理想を言えば、地上にある機体だけではなく滑走路や管制塔、それに燃料タンクといった飛行場の付帯施設も破壊できれば良かったのだが、さすがにそこまでは手が回らない。


 それでもトラック島にある陸上機の大半は俺の火炎弾と、なにより自身がたらふく飲み込んでいたガソリンや爆弾によって全損あるいは飛行不能なまでの損傷を被ったはずだ。

 しかし、米軍も朝一番で上空警戒の戦闘機は上げていたのだろう。

 四機の特徴的なガルウイングを持つ機体が猛スピードでこちらに向かってくる。

 F4Uコルセア戦闘機だ。

 彩雲の韋駄天をもってしても逃げ切れる相手ではない。

 しかも、高度は相手のほうがかなり上だ。

 上からかぶられた状態で銃撃を浴びればいくら操縦員が熟練でも運動性能の低い彩雲では躱しきれない。


 「機首を少し左へ捻ってください」


 俺の呼びかけに操縦員はすぐに左へと旋回し、さらに心持ち左翼を下げ、右翼を持ち上げてくれる。

 そのことで、敵機を狙いやすい角度になる。

 よく心得てくれている操縦員に礼を言いつつ、俺は右手を上空から迫る四機のF4Uに向ける。


 「火炎弾四連!」


 俺の右手からとっさに自動追尾魔法を練り込んだ四発の赤い火弾が吐き出され、あっという間にF4Uに吸い込まれていく。

 空中に四つの赤黒い花が咲くと同時に彩雲は速度を上げて遁走を図る。

 一方、味方戦闘機が全滅したことでトラック島にある高角砲陣地が彩雲めがけて猛射を開始する。

 だが、飛行場から立ち上る煙に邪魔をされて正確な砲撃が出来ないらしく、その砲弾のことごとくが彩雲の後方でさく裂する。

 あるいは、彩雲を天山か何かと間違えて速力の見積もりを誤っているのかもしれない。

 まあ、いずれにせよ長居は無用だ。

 こういった時、脚の速い機体はありがたい。

 なんとか無事に対空砲火の射程圏外へ離脱したのを見届けた俺は電信員に奇襲成功を打電するよう依頼する。

 もちろん、符丁は例の三連送だ。

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